第3話 完璧のはずなのに

カチカチカチ、カチカチカチカチ──と、コントローラーの鳴らす無機質な音と、テレビから流れるファンタジーな音楽、そしてその中で暴れ回る青年と魔物の咆哮が部屋の中を支配する。


躱して、反撃。回避して、飛んでから切りつける。


切って切って切りつけて──


「よーし勝った!」


ばしゅん! と派手な音とともに、青年の放った剣戟が、巨大な魔物に直撃し、そのHPバーを削り取った。


──と、そんなわけで、俺は昼飯を食ってから、ずっとゲームをしていた。


自由出席の講義? 知らねえな……。


「長い戦いだった……」


区切りのいいところまできたので、一旦休憩だ。


微妙に腹も減ってきたし、夕飯にでもするか。


ハンバーグにするか、生姜焼きにするか……。


焼くのが面倒なのでハンバーグ、と言いたいところだが、なんとなく生姜焼きの気分なんだよなあ。仕方ない、焼くか。


そう思い、立ち上がった瞬間に、視界の端のスマホが揺れ動く。画面に表示される文字は、今朝と同じだ。


「うい」


『先輩、ちゃんと夕飯食べましたー?』


「ちょうど今から焼くところだ」


『え、今からですか?』


「今からだが……」


驚きの声を出す蒼衣。何かおかしいのか……?


そう思っていると、蒼衣がじとり、とした目──を向けてきそうな声で、問いかけてくる。


『……先輩、今何時だと思います?』


「今? 8時くらいじゃ──11時!?」


『そうですよ。もう夕飯には遅い時間です』


「マジか……」


どうやら、集中しすぎていたらしい。まあ、今回のボス難しかったしな……。


『まったく……。帰り道にお話したいなー、と思って電話しておいてよかったですよ……』


「あー……そうか、時間的にもう解散か」


たしか蒼衣が、成人式のあと、夜には同窓会がある、と言っていた。


大学生の飲み会としては少し早い時間だが、まあ同窓会、それも1次会となればこれくらいだろう。むしろ、少し遅いくらいだ。


『はい。2次会組と解散組に分かれたので、わたしは帰ってきました』


「あー、やっぱりいたのか、2次会組」


『いましたよー、近所の居酒屋とか、カラオケとか行くらしいです』


「成人式のあとにそれか……。元気というか、若いというか……」


『いや、先輩とひとつしか年齢変わりませんからね?』


「その1年が大きいんだよなあ」


しみじみと呟きながら、フライパンへとタレに漬け込まれた肉を放り込む。じゅわぁ、といい音を鳴らすと同時に、菜箸で適当にほぐして焼いていく。


「で、お前は参加しなくてよかったのか?」


『わたしは日を跨いでも遊ぶような不良大学生ではないので』


「無断外泊の常習犯だけどな」


『いえ、先輩の部屋はわたしの部屋でもありますし』


「事実になりはじめてるのが怖いんだよなあ……」


マジでほとんど俺の部屋で生活してるからな……。


日用品やら何やらも、俺にこだわりがないので蒼衣の好みのものが置かれている。歯ブラシどころか、シャンプー、リンスにボディーソープ、服に化粧品に……と、もう完全に住んでいるレベルだ。というか住んでる。もはや蒼衣の部屋が別荘レベル。


『……まあ、本音を言いますと』


「ん?」


『最初の1杯だけお酒飲んだので、先輩と話をしたくなりまして……』


そう言って、照れたように笑う蒼衣の表情は、目に浮かぶ。


「ん? 最初の1杯だけ? あとはジュース飲んでたのか?」


『はい。一応の付き合いで最初だけ飲みました。あとはジュースですね。……お酒飲むと先輩に会いたくなるので』


「……お前、もう外で酒飲むのやめといたほうがいいんじゃないか?」


『かもしれませんね。早く帰りたくなっちゃいますし』


そう言って、くすり、と笑う蒼衣。


『ほんと、早く帰りたいです』


その帰る先は、もちろん彼女の実家、ではないだろう。


そう思ってくれていることに、少し照れ臭さと、それよりも喜びもあって、熱を帯びる頬を指先でかく。


「明日、朝から帰ってくるんだよな?」


『はい、そのつもりです。4限には出ないといけないので、到着はお昼を過ぎたくらいの予定です』


「了解。迎えにいくから、到着時間送っておいてくれ」


『ありがとうございます! 電車に乗ったら連絡しますね!』


「おう」


『ではでは先輩、家に着いたので、わたしはお風呂に入ってきます。先輩はちゃんとご飯食べてくださいね?』


「焼くだけ焼いて食わないのはないから安心しろ」


『ならおっけーです。では、おやすみなさい、先輩』


「おう。おやすみ」


『……あ、お風呂配信いります?』


「いらないからさっさと入ってこい」


『はーい』


くすくす、と電話越しに笑い声が聞こえてから、ぷつり、と通話が切れる。


途端に、しん、と部屋の中が静かに感じた。


すでに十分に火の通った肉を皿に移し、米と味噌汁もお椀によそう。ちなみに、味噌汁は昼と同じものだ。


それらをテーブルに並べて、無言で手を合わせ、箸を取った。


まず、生姜焼きを口に放り込む。


……ふむ。焼き具合の問題か?


生姜焼きの味付けは完璧のはずなのに、いつもと違い、どこか微妙な味に感じた。

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