第49章 1月10日
第1話 晴れ着の後輩
正月休みが明けたのが、木曜日なこともあり、金曜日1日だけ講義に行かされたあとの土日。
それを超えたあとの月曜日には、またも祝日が待っている。
この日ばかりは、祝日を無視しがちな大学も講義を出席自由に設定していた。
その理由は、講義を受ける大学生の一部が成人式へと出席するからだ。
つまるところ、大学側からの温情である。
それをありがたく受け取って、俺──雪城雄黄は、もちろん講義に行かず、ベッドに転がりながら──
「……実際に見たかったなあ」
スマホの画面に映る写真に、そんなぼやきをこぼしていた。
写真に映るのは、白──というより、クリーム色に近いだろうか──を基調とし、赤をはじめとした鮮やかな花柄が散りばめられた、晴れ着を纏うひとりの美少女だ。
大きな姿見の前で、少し恥ずかしげに、しかし自身ありげな表情の彼女は、普段は見られない特別感で溢れている。
これほどまでに、彼女と同じ年齢ではないことを、同郷ではないことを悔やむことも、今後そうないだろう。
それほどまでに、写真に映る女の子は、完成された可愛さを放っていた。
くっ、と奥歯を軽く噛みながら、またも写真へと目を向ける──と同時に、画面が切り替わる。着信だ。
大きく映る文字は、写真の美少女の名前──すなわち、雨空蒼衣の4文字だ。
「うい」
『おはようございます、先輩! 写真、見てくれました?』
通話ボタンを押して、適当な声を出すと、スピーカーからテンションの高い声が聞こえた。
「おう、見たぞ」
『どうです? 似合ってます?』
「正直、予想以上に似合ってると思う」
しばらく前に、「この晴れ着にしたんですよー」と言いながら、晴れ着自体の写真を蒼衣に見せられたことがあったのだが、そのときの想像よりも、遥かに似合っている。
『えへへー、ありがとうございます! わたし的にも、結構良い感じかなって思ってまして!』
へにゃ、と笑う蒼衣を思い浮かべると同時に、思わず心の声が漏れる。
「……晴れ着のまま帰って来てくれねえかなあ」
『それは無理がありますよ!?』
「だよなぁ……」
『むしろ、先輩がわたしの実家に来るほうが現実的ですよ。どうです? 来ちゃいます?』
「それも無理があるんだよなあ……」
蒼衣の実家に行くということは、必然的に彼女の両親にご挨拶イベントが発生する。そう気楽にできるものでもないし、何より急が過ぎる。アポ無しなんて、相手への印象も最悪だろう。
そして来た理由が彼女の晴れ着が見たいから、である。
アウトだな。俺に娘ができて、そんな彼氏を連れてくることになったら確実にそんな男やめておけ、と言うだろう。
「……まあ、実家にご挨拶はまたの機会にするとして、だ。時間、大丈夫なのか?」
『あ、そうですね。そろそろ行ったほうがいいかもです。では先輩、行ってきます』
「おう。じゃ、気をつけてな」
『はい。また帰りに電話しますねー!』
その声を最後に、通話が終了する。
帰りに電話する、なんて言っていたが、なんだかんだで同級生と話が弾んで帰りも一緒に、となるのがよくあるパターンだろう。少なくとも、俺も成人式自体はそんな感じだった覚えがある。多分電話は帰宅後にかかってくるやつだな。
そういえば、そのあとの同窓会からの帰り道には電話をしたな。あれも1年前か。
懐かしいなあ、なんて思っていると、メッセージアプリに通知がひとつ、ふたつ。
また蒼衣から、何やら写真が送られてきたらしい。
アプリを開くと、蒼衣の自撮り画像が表示された。今回はピースまでバッチリキメてある。
追加で送られてきたメッセージいわく、『可愛い彼女からの追加プレゼントです!』とのことだ。
……とりあえず保存だな。保存。
それから、よくわからない武士っぽいやつがサムズアップしているスタンプを送る。なぜ武士がサムズアップしているのかは謎だし、そもそもこのスタンプも謎だ。どこかの企業のイメージキャラクターとかだった気がする。詳しくは不明だ。
というか、なんでこんなわけのわからないスタンプを持っているんだったか、と考えていると、追加で何枚か写真が送られてくる。……さては蒼衣、すでに結構写真を撮ったな?
姿見の前で、後ろ向きに撮った写真や、普通の自撮り、もはや晴れ着の関係ない写真なんかも送られてくる。
武士スタンプの出所などという、どうでもいい疑問は放り出して、写真をスクロールしていると、ぴこん、とさらに追加で通知音がなった。
『会場着きました!』
そこから、ぴたり、と通知が止まる。適当にメッセージを返しておくが、既読すらつかないので、しばらく返信もないだろう。
……さて。
やることねえな。寝るか。
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