第14話 超えなければならない味

「……さて、先輩。そろそろ夕食のお時間なのですが、謝らないといけないことがあります」


のんびりと、ふたりで他愛もない話をしていると、蒼衣がおもむろにそう切り出した。


「おう、どうした?」


「たしか、先輩のご実家では、お雑煮に白味噌を使うんでしたよね?」


「ん? それがどうかしたか?」


「いえ、そのですね。先輩が前のお正月に、白味噌のお雑煮も食べたいって言ってたので、それも準備するつもりだったんですけど、白味噌、買い忘れちゃいました」


「あー、そんなことか」


あは、と申し訳なさそうに笑う蒼衣。


「別に気にしなくていいぞ。前に食ったお雑煮も美味かったし、むしろあれが食いたい」


「そう言ってもらえると嬉しいですね。白味噌バージョンもお正月中には作ってみます。……本家の味わかりませんけど」


「あー、蒼衣は白味噌では食ったことないんだったな。なら、俺が作るか」


そう言って、ふと昨年も同じことを言ったなあ、と思い出す。結局、作る機会がなかったから、前は作らなかったんだよな。


「先輩、お雑煮作れるんですか?」


「大丈夫だ。レシピは母親に聞く」


「先輩のお母様のレシピ……。これは、腕がなりますね」


「作るの俺なんだよなあ」


ふん、と両手を胸の前に持って来ている蒼衣に、俺はそうツッコミを入れる。しかし、蒼衣がふるふる、と首を横に振った。


「いえ、そうじゃなくてですね。先輩のお母様のお料理の味ということは、わたしにとっては超えなければいけない味なんですよ……!」


「別に超える必要はなくないか……?」


というか、もう超えてる気もするが……。


俺の母親は普通の主婦なので、そんな凝った料理やら、俺好みに完璧な味付けの料理やらは出てこない。むしろ、たまに苦手な味もあるしな……。


「いえ、ダメです。先輩の胃袋を掴む女として、必要なんですよ……!」


ごごご……と聞こえてきそうなくらいに燃える蒼衣は、俺が何を言っても止まりそうにない。まあ、料理に熱くなっている分には、俺も美味いものが食えるのでいいことにしておこう。


「まずは今日のお雑煮で、胃袋を掴み直しますよ……!」


「離された覚えないんだが……?」

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