第13話 会わないなんてあり得ない

太陽の光がなくなり、月と星と街灯が照らす帰り道をゆっくりと歩き、アパートへと帰ってきていた。


順番にシャワーを浴びて、すでにリラックスモードだ。俺は黒のベーシックなジャージ。蒼衣はもこもことしたピンクのパジャマだ。暖かく、そして可愛いという素晴らしいものである。


両手で紅茶の入ったマグカップを持ち、ひと口飲んだ蒼衣が息を吐く。


「ふぅ……。疲れましたけど、楽しかったですね!」


「だな。……しばらくはまた、部屋でゆっくりしたいところだが」


さすがにあの人混みは、そう頻繁に巻き込まれるのは厳しいものがある。


「そうですね。まあ、わたしたちってあまり人の多いところには行きませんけど」


「それはそうなんだが、お前はすぐに人混みに巻き込まれることになるぞ」


「──? どういうことですか?」


こてん、と首を傾げる蒼衣。


そんな彼女に、俺は遠い目をしながら答える。


「ほら、成人式、今年だろ? あれ、いくつかの地域の人間が集められるから、結構な人数になるんだよな」


「あ、そうですね。忘れてました。人混みも嫌ですけど、次の日に講義があるのに実家に帰るの、ちょっと面倒なんですよね……。先輩ともしばらく会えないですし」


「まあ、そこは次の日休んでもいいと思うぞ。講義によっては休みとか、自由出席とかにしてくれるしな」


「休みになるならいいんですけど、もし普通にあるのなら、おみくじで真摯に取り組めって言われた側から休むのはちょっと、と思うんですよねぇ。あと、先輩と会えなくなる日が延びますし」


「さすがにその1日は許してくれると思うけどな……」


「とはいえ先輩と会えない日が1日増えますし」


「お前、それが本音だな?」


じと、と俺が見ると、蒼衣がぺろり、と舌を出す。


「わたし、先輩に会えないと寂しくて死んじゃいます……」


かと思えば、よよよ、と泣き真似に移った。ちら、ちら、と目線をこちらに向けてくる。もちろん、涙など浮かんではいない。


「お前はうさぎか。というか、普通に1日くらい会わない日なんて──」


そこまで言いかけて、ふと気づく。


蒼衣と1度も会わなかった日って、いつが最後だ?


思い出そうとするが、すぐには出てこない。


「──思い出せないんじゃないですか?」


首を傾げる俺に、にやり、と口角を上げた蒼衣がこちらを見る。


「……思い出せないな。基本、少なくとも朝か夜は会ってるよな」


「そうですね。最低でも1日1回は会ってます」


「うーむ……。わからねえ……」


どれだけ思い出そうとしても、どうにも記憶がない。


「……もしかして、お盆の帰省が最後か?」


「かもしれませんね。ちなみにですけど、わたしも思い出せないです」


「お前も覚えてないのか……」


「さすがに覚えてないですね。でも、本当にお盆が明けてからは毎日会ってるかもしれませんよ? わたし、暇なら先輩のところに来てますし」


「というかお前、マンションに帰ってないからな」


「もはやここに住んでますから」


どや、となぜか胸を張る蒼衣に、俺は苦笑を漏らす。


そういえば、昔──まだ付き合う前に、蒼衣が俺との距離を詰めるべく、少しずつ訪問日数を増やしていた時期があったな、と思い出す。たしか、本人に宣言されたのだったか。


あのときは、まだ週の半分以下くらいの日数しか会っていなかった。今となっては、信じられない話なんだよなあ。


会ったり会わなかったりだったのが、いつしか会わない日もある、に変わり、今や会わないほうがおかしい──あり得ない、くらいになっている。


「……完全に落とされてるなあ」


少し笑いながら呟いた言葉に、蒼衣が首を傾げる。


「何にですか?」


「誰かさんの見事な作戦に、だ」


よくわからない、とばかりに、さらに首を傾げる蒼衣を見ながら。


「……当日帰ってくるなら、駅まで迎えに行くから連絡しろよ」


「! ……もう、先輩も早く帰ってきてほしいんじゃないですか!」


そう言って、嬉しそうに俺の隣へと移動してくる蒼衣に、俺は頬をかきながら。


「それは、まあ、な」


そう、視線を外して答えるのだった。

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