第10話 すべてはこの日常のためにある
遅めの昼食を終えた俺たちは、またも人の流れに乗って、神社の奥へと進んでいった。
そんな人混みに押し流されること20分ほど。
ようやく最奥まで辿り着き、あと数組ほどでお参りができる、というところだ。
そんな神の御前とも言える距離感の場所で、俺は掠れた声を漏らす。
「人が多過ぎるな……」
「先輩、お昼間と同じこと言ってますよ」
「いや、多過ぎるだろ……」
「まあ、お正月ですし、初詣ですし」
「それはわかってるんだが、それはそれとして多い。しんどい……。というか、蒼衣は結構人混みでも元気だよな……」
「そうかもしれませんね。まあ、人混みってわたし的には人が多いのはしんどいのでマイナスですけど、先輩と密着できるので大幅なプラスです」
「お前人混みじゃなくてもくっついてくるじゃねえか……」
「あ、バレました?」
てへ、と舌を出す蒼衣に、じとり、と視線を向ける。可愛いなこいつ。
そうこうしているうちに、俺たちの番になる。
人が多い割に、お参り自体にはそう時間がかからないせいか、思ったよりもサクサクと進んだ。
「……さて、お賽銭何円にするかな……」
たしか、前回は──というか、毎回俺は5円をぶん投げている。安くて語呂合わせ的にも縁起が良いしな。
「わたしは50円にします」
「前もそうだったよな。十分にご縁がありますように、だったか?」
「ですです。先輩はどうするんですか?」
銀色の硬貨を片手に首を傾げる蒼衣を見つつ、うーむ、と唸る。
毎年のように5円でもいいが、たまには奮発してみるか。
「……15円、とかか?」
「それも十分にご縁がありますように、ですね。価値下がってますけど」
「お賽銭は額じゃなくて気持ちだって言ってなかったか?」
そう言って、俺は財布を取り出し、小銭をがしゃがしゃと鳴らしながら探す。まずは5円、あとは──
「……あ。足りねえ。10円がない」
「えぇ……。なんだか幸先悪いですね……」
「この10円を大事にしろってことだろ。5円でいいか」
ないものは仕方ないので、指先につまんだ5円を賽銭箱へと弾くように入れると、かたかたと数回ぶつかる音がして、吸い込まれていく。同じように蒼衣が投げ入れるのを見てから、鈴に繋がった太い縄を掴む。この縄とかにも正式名称、あるんだろうなあ。
蒼衣は知っているだろうか、とちらりと見ると、首を横に振る。どうやら、知らないらしい。
適当に、あとで調べるか。……これ忘れるやつだな。
そんなどうでもいいことは置いておいて、掴んだ縄を蒼衣と共に鈴を鳴らす。
がらん、がらんと鈍めの音を聞いてから、2度頭を下げて、2回手を打ち鳴らす。
揃って割といい音が鳴ったな、と思いつつ、目を閉じた。
ざわざわとした喧騒だけが聞こえてくる中で、考える。
願い事、願い事か……。
まず思い浮かぶのは、やはり金だ。金が欲しい。これ、切実。
その次は、単位だろう。単位も大切。これも切実。
あとは……ああ、あれだ。就活のはじまる年なので、内定。これもやはり、切実。
こいつ切実な願いしか持ってねえな……。
あれもこれも、叶えたいもの──というか、欲しいものはたくさんあるのだが……やはり、1番はこれだ。
──今年も健康に、変わらず楽しく日常を過ごせますように。
たしか、昨年も同じ願いをしたような気がする。
だが、これが俺の本心なのだから、仕方がない。
最も大切なことは、蒼衣と過ごす、この毎日だ。
金だとか、単位だとか、内定だとか。ほかのあれこれも、すべてはこの日常のためにある。
だから、ひとまず大切なのは、健康だろう。
うむ、思考が老人めいてきたな。歳かもしれない。
うっすらと目を開け、蒼衣を見る。
ふわ、と風が吹き、彼女の茶色がかった髪が揺れる。
整った顔立ちに、長いまつ毛。魅力的な大きな瞳は閉じられているが、それ故に普段とは違う、少し神秘的な美しさまでもが滲み出る。
……ほんと、こいつ可愛いよな。
その横顔に見惚れていると、目を開けた彼女と目が合う。
あまりに見つめていたので、照れたのだろうか。へにゃ、と緩んだ笑みを浮かべる蒼衣は、いつもの彼女だ。
その様子に、俺の止まっていた思考が動き出す。
「……さて、と。そろそろ行くか」
そう言って、手を差し出すと、巻き付くようにくっついた蒼衣が手を握る。
……神前で煩悩まみれだったなあ、とは思うが、うむ、これは許してほしい。この煩悩は払わなくていいです。
なんて思いつつ、俺は小さな手を握り返した。
「次はおみくじを引きに行きましょう!」
「待望のくじ要素だな。目当ての景品引けるといいな」
「おみくじは景品もらえませんけど!?」
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