第3話 俺と後輩と晩酌

「はい、お待たせしました」


その声と共に、机の前に器が置かれる。


ふわり、と漂うのは、温かさを感じさせる、出汁の香り。


白く上がる湯気が、出来たてであることを告げている。


ちょこん、と載せられているのは、薄切りのかまぼこと、刻みねぎ。


そして、器からはみ出す勢いで存在を主張するのは、エビ天だ。


「今年も美味そうだな」


「ちなみにですけど、今年の年越しそばは昨年よりレベルアップしてますよ」


「ほう、どのあたりが?」


「それは食べてみてのお楽しみ、です」


そう言って、自信ありげに笑う蒼衣が、続けて台所からとっくりとおちょこを持ってくる。


差し出されたそれを受け取ると、蒼衣がとっくりから熱された日本酒を注ぐ。


ほんの少しだけおちょこが温かくなったのを感じながら、少しだけ揺らすと、日本酒特有の、甘みのある香りが鼻腔をくすぐる。


「さんきゅ。いい匂いだな、これ」


「たしかにです。甘い匂いがしますね」


すんすん、と鼻を鳴らす蒼衣に苦笑しつつ、蒼衣の手からとっくりを取る。


「ほれ、おちょこ持て」


「わーい、ありがとうございます!」


俺がおちょこへと注いでいくと、えへー、と緩んだ笑みを浮かべる蒼衣は、すでに楽しそうにしている。


「よし。じゃあ、乾杯」


「乾杯、です」


ぶつけるのではなく、軽く掲げるだけに留めて、口をつける。


くい、と中身をすべて口に流し込むと、温かく、そしてほんのり甘く、優しい味わいが広がった。そして、飲み込んだ瞬間、控えめながらも燃えるような感覚が喉を走る。


「くっ……美味いな……」


ふう、と大きく息を吐きながら、鼻から抜ける風味まで楽しんでいると、蒼衣がちびり、とおちょこに口をつける。


「んっ……。あ、結構甘いんですね」


「これは甘いほうだな。あと、飲みやすいと思うぞ」


「そうなんですか? じゃあ……」


そう言って、蒼衣は先程よりも少しだけ多く口に含む。


「……っ! あっ、これ、喉熱いです!」


「それが日本酒の醍醐味だな」


「……わたし、これ、楽しめますかね……」


「大丈夫だと思うぞ。慣れればむしろこれが良いんだよなあ」


「そ、そういうものですか」


「そういうものだな」


俺の言葉に、蒼衣はじとり、とおちょこに残った日本酒に視線を向ける。そして、その残りを一気に飲み干して、眉をハの字にした。どうやら、やっぱり喉越しの感覚に慣れないらしい。


「……慣れるように頑張ります」


「無理はしなくていいからな?」


「はい。ちょっとずつ慣れていきますから、ちゃんと慣れるまで、晩酌に付き合ってくださいね?」


「おう。多分、付き合わせるのは俺だけどな」


俺は苦笑しつつ、さらに続ける。


「あと、慣れてからもちゃんと付き合わせてもらう──というか、付き合ってもらうぞ」


「いいですよー、死ぬまで付き合ってあげます」


楽しげに笑う蒼衣に日本酒を追加で注がれて、俺はまた、一気に飲み干した。


……やっぱり、蒼衣に注いでもらいながら飲む酒は、最高なんだよなあ。

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