第2話 お昼から贅沢に

「……ただいま」


俺の帰宅を待ちわびていたのか、玄関の扉を開けると同時、蒼衣が飛び出してくる。


「おかえりなさーい! ……どうしてそんなにくたびれているんです?」


やたらとテンションの高い蒼衣は、俺の様子に首を傾げた。


「街中のクリスマス感にやられた……。カップルが多すぎる……。格差社会を感じる……」


「先輩先輩。先輩も彼女持ちです。その格差社会があるなら、格上のほうですよ」


「それでも街中をひとりで歩いていれば、ダメージは受けるんだよなあ」


はあ、と大きくため息を吐くと同時に、俺は両手に持っていたビニール袋と紙の箱を蒼衣へと差し出した。


「とりあえず、ほれ。ケーキとチキンは回収してきた」


「ありがとうございます。ケーキは冷蔵庫に入れるとして……。チキンはお昼ご飯でいいんですよね?」


「おう。夜は予約してある」


「楽しみです。ちなみに、何のお店なんですか?」


「それはまあ、行くまでのお楽しみだな」


「じゃあ、期待しておきます」


「……お手柔らかに」


「全力で期待しておきます」


ぱちり、とウィンクまで飛ばしてきた蒼衣に、俺は苦笑する。


あまり期待されても、ハードルが上がりすぎて困るのだが……。まあ、蒼衣が楽しそうなので、良いということにしておこう。


一応、ネットの評価よし、友人の評価よし、そして俺の下調べもよし、という、自信のある店のチョイスではある。


店内の感じも落ち着いていて、雰囲気も良い。結構オシャレだとも思う。


……うむ、大丈夫だろう。


多少は心配にもなるが、そんなことは今更悩んだところでどうしようもないからな。大丈夫だと思い込むしかない。


そうだな、どうしようもない。うむ、大丈夫大丈夫。


部屋の中心に置いてある机の前で、そう唱えながら頷いていると、首を傾げた蒼衣がグラスとコーラのペットボトルを持ちながら、こちらへと来る。


「どうしたんです?」


「……なんでもない」


「なんでもないのにそんなに首振ってると怖いんですけど……」


そう言いながら、蒼衣がグラスへとコーラを注いでいく。しゅわしゅわと鳴る音が耳に心地いい。


弾ける泡を見ながら、俺は買ってきたチキンをビニール袋から出し、箱を開ける。


……やばいな、めちゃくちゃいい匂いがする。


「すごいいい匂いがしますね……。お腹空きます」


「だな、早く食うか」


「はい。……にしても、お昼からチキンって贅沢ですねぇ」


「やっぱりクリスマスイブに食べるものといえば、チキンだろ? 夜は外食だから食えないからって、食わずに終わるのは有り得ないからな。せめて昼に食っておこうと思って」


「なるほどです。たしかに、チキンのないクリスマスって、ちょっと寂しいですね」


「だろ? ……と、チキンが冷めるな。食うか」


「ですね。はい、先輩」


「さんきゅ」


正面に座る蒼衣が差し出した、コーラの注がれたグラスを受け取る。


ちなみに、飲み物が酒でない理由は、デートの前に酔っ払うのはどうだろうか、というだけである。本当は酒と食いたい。今度は何でもない日に酒と共にチキンを食う。なんとしても食うぞ。


そんなことを思いつつ、俺はグラスを軽く掲げる。


「それじゃ──」


「「かんぱーい」」


こつん、と軽くぶつけて、中身を半分ほど飲み干す。


冷たいコーラというのは、なぜこうも美味いのだろうか。


アルコールではないが、沁みるな……!


そして、お次はチキンである。


買ってすぐに帰宅したので、まだ温かいそれに、一気に噛み付く。同時に染み出した脂が、それはもう──


「やばいな、マジで美味い」


「美味しいです」


同意するように頷く蒼衣が、はむ、とまたチキンを咥えている。チキンの食いかたまで小動物っぽくて可愛いなこいつ……。いや、小動物はチキン食わないか。


そんなことを思っていると、ふと蒼衣が手を止める。


「……よく考えたら、今日は乾杯の音頭、メリークリスマスじゃないですか?」


……言われてみれば、たしかに。


どうでもいいことではあるが、年に一度しか使えないのだから、そうしておくべきだったか……。


と、思いつつ。


「……それは夜に取っておいただけだ」


俺は、苦し紛れの言い訳をこぼすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る