第3話 本日の自信作、1品目
──さて。
昼食のメインディッシュは、紛れもなくチキンである──が。
忘れてはいけない──そして、メインディッシュを超えるレベルで俺を期待させてくるのが、彼女の料理である。
「お待たせしました。本日の自信作──グラタンと、ポットパイです!」
じゃん、と蒼衣がテーブルに載せたのは、平らな楕円形の器の中に、チーズがたっぷりと被せられた、マカロニグラタン。そして、その隣には大きめのスープカップにこんがりとしたパイ生地が覆い被さっているものだ。
「おぉー……! グラタンはわかるが……これ、ポットパイっていうのか」
たまにCMとかで見ると、面白いし美味そうだな、とは思っていたのだが、名前は知らなかった。……というか、何よりも、だ。
「これって作れるんだな……」
「先輩、たまにそれ言いますけど、お料理は全部作るものですからね? 普通に作れますよ?」
「普通は作れないと思うんだが……」
少なくとも、俺は作れないしな……。
蒼衣から渡されたスプーンを手にして、ポットパイのパイの部分を軽く突く。
おお、ちゃんと硬い。それだけでなく、サクサクとした手応えが、崩す前からわかる。
「潰してもいいか?」
「もちろんです。ひと思いに、どうぞ!」
「じゃあ遠慮なく」
そう言うと同時、俺はスプーンで一気にパイの殻を叩き割る。
ザクッ、という気持ちの良い音と共に、内側から溢れ出る香りは濃厚な──
「ビーフシチューか!」
「正解です。グラタンがホワイトソース系なので、ポットパイの中身はビーフシチューにしてみました。ちなみに、結構濃いめに作ってありますよ?」
「さすが蒼衣、わかってるな」
「先輩の彼女ですので」
どや、と胸を張る蒼衣の頭を軽く撫でてから、崩したパイと共にビーフシチューを口へと運ぶ。
サクサクとしたパイは、ビーフシチューに浸かっていてもまだその食感を残している。そして、どろり、とした濃厚なビーフシチューは、しっかりとした味付けになっていて、パイと共に食べても味が薄まったような感覚は一切ない。
「これやばいな。めちゃくちゃ美味い」
「それはよかったです」
正面で嬉しそうにしている蒼衣を視界の端に入れながら、俺は次、また次とスプーンを動かしていく。やばいなこれ、マジで止まらない。
「パイ有りでも美味いが、パイ無しでも食いたいレベルだな」
思わずそう呟くと、蒼衣が不敵に笑いはじめる。
「ふっふっふ……。先輩、甘く見てもらっては困りますね。ちゃんと残してありますよ」
「さすが蒼衣だな」
「そうでしょうそうでしょう! そして先輩、このビーフシチュー、ひとつだけ物足りないことがあるとは思いませんか?」
「ん? 物足りないこと、か?」
ふむ、そう言われても、味付けは俺好みの濃いめで、文字通りの完璧なのだが……。
「……強いて言うなら、具材が小さい、とかか?」
俺はどちらかといえば、大きい具材がごろごろと入っているほうが好きなので、それくらいしか思いつかない。
捻り出したそれを言うと、蒼衣はこくり、と頷いた。どうやら当たりらしい。
「その通りです。スープカップに入れる前提なので、どうしても具が少し小さめになっちゃうんです。──でも、台所にあるお鍋の中は違います。ちゃんと具材を大きくカットしてあります」
「用意周到すぎる……!」
「できるお嫁さんなので!」
「まだ違うんだよなあ……。まあ、ビーフシチューのおかわりはまた後で、だな。その前に──」
どや! と胸を張る蒼衣に苦笑しつつ、綺麗に食べ終えたスープカップを机に置いて、隣の皿へと手を伸ばす。
「──こっちのグラタンだな」
「そっちもばっちり自信作なので、期待して食べてくれて構いませんよ?」
「安心しろ。お前の料理に期待しなかったことはない」
ぱちん、とウィンクを飛ばしてきた蒼衣に、俺は真顔でそう返しながら、グラタンをスプーンですくい、口へと運んだ。
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