エピローグ ふたりきりの夜は

「……んぱーい、せんぱーい? 風邪ひきますよー」


「ん……」


浅めの眠りについていた俺は、優しく揺さぶられる感覚に目を覚ます。


甘い香りに目を開くと、正面にはもこもことした暖かそうなピンクのパジャマ姿の蒼衣が、優しげな瞳で俺を見ている。


「ほら、お風呂入ってきてください。それとも、もう寝ちゃいます?」


「寝たい、が……風呂入る……」


寝てしまうという提案は魅力的なのだが、さすがにこの臭いでベッドに入るわけにはいかないだろう。俺も蒼衣に臭いと思われるのは絶対に避けたいしな。


「お風呂で寝ないようにしてくださいねー?」


「シャワーで立ちながら寝るほど限界じゃねえよ」


言葉とは反対に、くわり、と欠伸をしながら用意しておいた着替えを持って、脱衣所へと向かう。


臭いに顔をしかめつつ、服を脱ぎ、シャワーを浴びる。手早くシャンプーを済ませ、コンディショナー、ボディーソープと流れるように続ける。いつもより多少雑になるのは許して欲しいところだ。


ひと通り洗い終えたあと、もう一度頭からシャワーを浴びて、浴室を出る。


冷たい空気に体を震わせながら、水滴を拭き取って、寝巻きへの着替えた。


……あれ、ドライヤーがねえな。


おそらく、蒼衣が髪を乾かすのに持っていったのだろう。


髪を乾かすことを諦めて、歯を磨いてから部屋へと戻ると、ちょこん、とベッドの上に座り込んだ蒼衣が俺を見るなり、


「髪、乾かしますよ」


と言って、ドライヤーを手に楽しそうにそれを振る。やはり持っていっていたらしい。


「じゃあ、頼む」


「はーい」


ぽすぽす、と隣に座れと指示されたので、そこに腰を下ろす。同時に、ふわり、と甘い香りが漂ってきて、思わず息を吸い込んだ。


「……いい匂いがする」


「お風呂上がりですからね」


おそらく、このいい匂いの原因は風呂上がりだから、というだけではないと思うが、まあいいだろう。


そんなことを考えていると、蒼衣が俺の首筋へと顔を寄せ、すん、と鼻を鳴らした。


「先輩もいい匂いです」


「……それはよかった」


顔が近いな……。それに、ちょうど俺の鼻先に髪があるので、甘い香りがさらに濃密になって脳を揺さぶる。


……ああ、これはダメだ。


そう思うと同時に、かろうじて残っていた理性が吹き飛ぶ音がした。


未だ俺の首筋に顔を寄せる蒼衣を抱き締め、ベッドへと倒れ込む。


「ひゃ!? 先輩?」


ぼふん、と音を立てながら、反動で揺れるのも気にせず、顔を上げた蒼衣へと口づける。


ほんの少しの隙間に舌を滑り込ませると、抵抗なく、むしろ求めるように絡めてくる。


「ん……うぅ……」


くちゅ、と蠱惑的な音と、蒼衣の甘い声が静かな部屋に響いていて、それがまた衝動を加速させていく。


どれくらいそうしていたのだろう。


脳に酸素が行き渡らなくなり、少し朦朧としてきて、俺は蒼衣から少しだけ離れる。つぅ、と繋がった透明の線が、光を反射しながら切れていく。


それを視界の端に収めつつ、荒くなった息を整えながら蒼衣を見る。


とろん、とした瞳に、蒸気した頬。


こんなものを前に、止まれるはずがない。


可愛らしいパジャマの隙間に手を入れて、ゆっくりと肌に触れていく。その滑らかな触感を楽しみながら、上へ、上へと動かせば、確かな質量の柔らかさが手に触れる。


手の動きに合わせて形を変えるそれの感触を味わっていると、蒼衣が先ほどよりもさらに甘い声を漏らす。


「ぁ……ん……っ……。……あは。こういうの、お持ち帰りって、言うんでしたっけ」


「持ち帰ってないだろ。元から俺のだ」


「ふふっ、そうですね。わたしは先輩のものです。だから──好きにしてくれて構いませんよ?」


くすり、と笑った蒼衣が、頬を染めながら目を閉じるのを見て、もう一度彼女の唇を塞いで、貪って、そうして──


──俺と蒼衣、ふたりきりの夜は、もうしばらく続くのだった。

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