第5話 ふたりきりに限る
「んんっ……。楽しかったですね、先輩」
澄み渡った夜の空へと両手を掲げ、ぐっと背中を伸ばす蒼衣が振り返る。
「だな。やっぱり飲みは少人数に限る……」
そう呟くように言った俺を、蒼衣がにやり、と笑って見上げてくる。
「少人数じゃなくて、わたしとふたりに限る、じゃないですか?」
「蒼衣とふたりきりに限るのは、飲みに限らずだからなあ」
「……もう。先輩、お酒を飲むとあっさり本音が漏れ出てきますよね」
俺の返しに照れたのか、先ほどよりも頬を赤らめながら、口先を尖らせる蒼衣。可愛いなこいつ。
「酒飲まなくても本音で喋ってるぞ」
「それは嘘です。先輩は酔っているときのほうが明らかに素直です」
「そうか……?」
「そうです」
自分では大きくは変わらないと思うのだが、蒼衣が言うからには、きっとそうなのだろう。
「まあ、酒の力は偉大だからな」
「お酒に頼らず素直に思ったことを言ってくれてもいいんですよ?」
「例えば?」
「蒼衣ちゃん可愛い、とか」
「……持ち帰って前向きに検討することを善処させて頂きます」
「それやらないって言ってるのと同じじゃないですか!?」
「そこまでは言ってない」
ほぼ同じですよー! と頬を膨らませる蒼衣に、俺は手を差し出す。
「──ほら、帰るぞ」
その手を握り、俺の隣へとぴったりとくっつきながらも、蒼衣の頬は膨らんだままだ。
「むう。誤魔化されませんからね! ほら、先輩! りぴーとあふたーみー! 可愛い!」
「それで言われて嬉しいのかお前……」
「……嬉しくはないですね……」
でも言って欲しいですー、とぷくぷくと頬を膨らませ、それでも俺から離れない蒼衣を見ながら、俺は苦笑を漏らした。
そして、火照った体と、ふわりと浮かぶようだった思考をクリアにするように、冷たい空気を吸い込んで。
「ほんと可愛いな、お前」
いつもは言わない、純粋に思っただけのことを、口にするのだった。
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