第4話 この衝動にも似た感情は、きっと
「それで、この時期に忘年会があった理由って、ふたつで終わりなんですか?」
こくん、とカシスオレンジを飲んだ蒼衣が、そう問いかけてくる。
女子大生といえばカシスオレンジ、というなんとも雑なイメージがあったのだが、グラスを傾ける蒼衣が妙に似合っていて可愛いので、ある意味それも間違いではないのかもしれない。……いや、これ単に蒼衣が可愛いだけの可能性があるな……。
などという思考は梅酒のソーダ割りとともに胃の中へと流し込んでから、俺も口を開く。
「お、勘が鋭いな。最後にもうひとつ、ある意味大きい理由が残ってるぞ」
「ある意味、ですか?」
「おう。ズバリ──恋人探し、だ」
「……恋人探し、ですか?」
そう呟いて、眉をひそめ、首を傾げる蒼衣。まあ、急に言われてもピンとこないかもしれない。
「さっきも言った通り、この忘年会はクリスマス前に開催だ」
「そうですね。今回だとちょうど1週間前です」
「で、世の中の大学生──に限らずだろうが、若者はクリスマスにひとりでいることを嫌がるだろ?」
「たしかにそうですね──あ」
まさか、と目を見開いた蒼衣にひとつ頷いて、答え合わせをする。
「そのまさか、だな。フリーなやつ同士がとりあえず付き合うための、最後の出会いの場扱いされてる」
「えぇ……。ゼミ内ですよ……。別れたとかで揉めること間違いなしじゃないですか……」
「それに関しては俺もお前も言ったらいけないんだよなあ」
「わたしたちはいいんですよ。揉めるようなことにならないですし」
「まあ、別れないからな」
「そういうことです」
大きく頷く蒼衣に苦笑しつつ、俺は話を続ける。
「まあ、とにかく彼氏彼女を作りたい奴らが片っ端から適当にアピールするための場なわけだ」
「なるほどです。……言われてみれば、やけに移動ばっかりしていた人が何人かいましたね」
「そうそう、そいつらだ」
その内、数名は二次会に参加せず、そのまま男女のペアでフェードアウトしていったので、まあ目論見が成功したのだろう。
……あれ? もしかして、俺も二次会に参加せず、蒼衣とふたりで抜けているので、お持ち帰り成功だと思われている可能性があるのか……?
俺の場合はお持ち帰りとかではなく、普通に帰宅なんだが……。というか俺のだからな……。
そんな意味のないことを考えていると、正面の蒼衣がはて、と頬に指を当てる。
「その割にはわたしも先輩も、そういう声をかけられなかった気がしますけど」
「……それはまあ、そうだろうな」
特にこれといって秀でたところのない俺はともかく、可愛さの塊のような蒼衣は、本来なら声をかけられるのだろうが、それがなかったのは間違いなくあれのせいだろう。
「先輩は心当たりがあるんですか?」
「さっき言ってた、見せつけが上手くいってたってことだろ」
「なるほどです。やっぱり見せつけは大切ですね!」
うんうん、と頷いてから、グラスを傾ける蒼衣に苦笑していると、にやり、と蒼衣が笑う。
「でも、それだけじゃないと思いますよ。先輩、わたしへの態度と他の人への態度、あからさまに違いますから、そこじゃないですか?」
「……そんなに違うか?」
当然のことだが、蒼衣と他の人であれば、対応にせよ態度にせよは違うだろう。とはいえ、そこまで明確に変わっているとは思っていなかったのだが。
「全然違いますよ。目線とか、声とか、喋りかたとか、あとは雰囲気とかですかね」
「それ、ほとんど全部じゃないか?」
「はい、ほとんど全部です。おかげで愛されてるのがわかってわたしは満足ですよ」
そう言って、えへー、と照れたように笑う蒼衣を見ながら、俺も口を開く。
「……ちなみに、お前も俺とそれ以外だと明らかに態度違うぞ」
「えっ、そんなにですか」
「隣で見てたら一瞬でわかるくらいには違ったな。というか、お前も自覚なかったのか……」
「まあ、ある程度は違うと思ってましたけど、そこまで明確だとは思ってなかったです」
似たもの同士ですね、なんて言っている蒼衣の声も、視線も、その表情も、飲み会の中では見せなかった──というよりも、俺にしか向けられないものだ。
そう気づいてしまえば、言いようのない高揚感が体中を巡るような感覚がある。
「……なるほどな」
「何がです?」
俺の呟きに、首を傾げた蒼衣の前につまんだポテトフライを差し出しながら、俺は首を横に振る。
「いや、なんでもねえよ」
小さく笑う俺を不思議そうに見ながら、俺の手からポテトフライを咥える蒼衣を見ながら、先ほど彼女が言っていた言葉に共感を覚えていた。
俺の特別は蒼衣で、蒼衣の特別は俺だ。
その事実を認識すればするほど、満たされていくような感覚。
たしかに、愛されていると思うと満足感が出てくる。
これはきっと、蒼衣からしか得られない感情、そのひとつなのだろう。
そしてきっと、蒼衣には俺からしか与えられない感情のひとつだ。
そう思えば思うほどに、この満足感を、充実感を、高揚感を感じたいし、蒼衣にも感じて欲しい。
やばいな……。抱き締めたくなってきた。
今すぐにでもテーブルの向こうへと移動して、思いっきり抱き締めたい。そんな、衝動にも似た強い感情。
制御できなくなりそうなそれに、蒼衣のことを言えないな、と内心で苦笑しつつ、溢れそうな想いを押し留めるように梅酒のソーダ割りの残りを流し込んだ。
やけに甘く感じたのは、きっと気のせいで、それでいて気のせいではなかったに違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます