第2話 見て、見られて、見せつけて

「「かんぱーい」」


カチャン、とグラスのぶつかる音を鳴らしてから、グラスいっぱいまで注がれた、レモンサワーをぐい、と飲む。


冷えた液体が、体の内を駆け巡るような感覚があり、俺は思わず声を出す。


「くっ……酒が沁みる……!」


「さっきも飲んでたじゃないですか」


俺と同じく、レモンサワーの入ったグラスを、くぴ、と可愛く傾けた蒼衣が、仕方なさそうな視線で、俺を見る。


「いや、大人数の飲み会のときって、あんまり酒飲んでる感じがないんだよな。なんというか、気を遣うし、好きなタイミングで好きな酒も頼めないだろ?」


「あー……。ちょっとわかるかもしれません」


「だろ? それに、飯がちゃんと食えない」


「それはわかります。なんとなく、遠慮しちゃうんですよねえ」


そう、そうなのだ。


大人数で取り分けるタイプだと、遠いところの皿のものは取りに行きづらい。かといって、人に頼むのもどうか、となってしまうのだ。逆に、近いところのものは、そればかり食べてしまうと迷惑かな、と思ってしまうので、結局遠慮してしまい、空腹のまま帰る、ということが多々ある。


ちなみに、今回もやはり空腹だ。


それゆえに、目の前のテーブルの上に並べられたおつまみ代わりの唐揚げやら、ポテトフライやらが美味そうで仕方がない。


とりあえず、レモンサワー片手にポテトフライをつまみながら、俺は蒼衣へと問いかける。


「……それで、はじめての飲み会はどうだった?」


その言葉に、ちら、と俺を見た蒼衣は、少し言いにくそうに口を開く。


「……正直に言ってもいいですか?」


「いいぞ」


「わたしはちょっと合わないですね。先輩とふたりでゆったり飲みたいです。さっき、先輩も言ってましたけど、好きなタイミングで、好きなお酒をゆっくり飲んで、食べたいときに何かつまんで、っていうほうが好きです」


「なるほどな。……ちなみにそれ、多分若者の飲み方ではないぞ」


「わかってますよ。でも、ゆっくり飲む方が好きみたいです」


「まあ、俺もそのほうが好きだけどな」


わいわいと飲むのもまあ、悪くはないのだが、やはりマイペースに飲むのが1番だ。その相手が蒼衣なら、完璧である。つまり、今の飲み方が1番良い。


そう思いながら、ポテトフライをつまんでいると、正面の蒼衣が口を開くので、餌付けをしておく。


「にしても……まさか飲み会中、本当に普段通りのままだとは思わなかったな」


そうして俺が出した次の話題は、飲み会中の蒼衣について、だ。


蒼衣は部屋で飲むと、必ず早い段階から俺に甘えてくる。それが、外でも起こるのではないか、と懸念していたのだが──


「だから言ったじゃないですか。そんなに酔ってないですって。わたしが甘えるのは、先輩だけですから」


そう言って、小悪魔のように、いたずらっぽく笑う蒼衣は、普段よりも少し色っぽくて、どきり、とさせられる。


それを悟られないように、俺は視線を逸らした。


「……たまにテーブルの下で、見えないように手を繋いでた気がするんだが」


「……それくらいはいいじゃないですか。ノーカウントです」


「ノーカウントではないだろ」


「……だって、甘えたくなるんですもん」


「……」


ぷく、と小さく頬を膨らませながら、上目遣いで俺を見る蒼衣。可愛いなこいつ……。


「それに、あれはわたしが甘えたかっただけじゃないですよ?」


「……ほう?」


「周りに見せつけるためでもあります」


「見せつけるって、別に机の下だったから見えないだろ」


「いえいえ、明らかに座っている位置が近くなりますからね。距離感の近さをアピールです」


大事なことですよ? と付け加える蒼衣に苦笑を漏らしつつ、左手の薬指にはめられた、シルバーリングを右手の指で軽く突く。


「アピールもなにも、露骨にペアリングつけてるんだけどな」


「それもまたアピールですから」


「どれだけアピールするんだよ……」


胸を張る蒼衣に苦笑しつつ、俺はグラスを傾ける。……ふむ、明らかに酒の進みが早いな。


「先輩、次は何にします?」


からん、と音を立てた氷に気付き、蒼衣が問いかけてくる。


「じゃあコークハイで」


「了解です」


こくん、とグラスの底に残った分を飲み干した蒼衣が、店員を呼び注文をする。


「いやぁ、気楽でいいですねぇ」


へにゃり、と笑う蒼衣に、俺も苦笑しつつ返す。


「気楽、と言う割には、俺のグラスの空には気づくのか」


「それは当然です! だって、いつも先輩のことは見てますからね! これに関しては気を張るとかそういうこと以前の問題です」


そう言って、胸を張る蒼衣に苦笑していると、席にグラスが届けられる。


さすが居酒屋、出てくるまでが早い。


「先輩も、もっとわたしのことを見てくれてもいいんですよ?」


「……見てるぞ。いつも」


「ならいいです」


むふん、と満足そうに笑った蒼衣を眺めながら、俺は火照った頬を冷ますべく、コークハイを一気に煽った。

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