第3話 安心して引っ掛かってください

「やっぱり寒いな……」


スーパーから出てしばらく。


米の袋を抱えながら、俺は首を縮こまらせる。残念ながら、米の袋では暖は取れない。


「最近、また急激に冷えましたよねぇ」


そろそろマフラーとか、手袋の時期ですかねぇ、なんて言いつつ、蒼衣がエコバッグの中に手を突っ込んだ。


「せっかくですし、あったかいうちに食べましょうか」


そう言って、蒼衣が取り出したのはプラスチックの入れ物。中には、琥珀色のタレを纏った白い玉が、4つほど串に刺さっているものが、2本。


先ほど、スーパーの外にたまたま来ていた移動販売車で買ったみたらし団子だ。ちなみに、焼きたてである。


「今どき、移動販売車ってあんまり見ないよな」


「そうですか? あそこのスーパーなら日替わりで来てますよ? お団子と、クレープと、アイスとか、たこ焼きとかも来てますね」


「思ったより種類多いな」


「そうなんですよ。いつもいい匂いがしてて、買っちゃいそうになります」


そんなことを言いながら、蒼衣が器用にパックを開ける。醤油ベースの甘いタレの香りが、ふわりと漂った。


「……食べるって言っても、俺は両手が塞がってるんだが」


「そこは大丈夫です。わたしが2本食べますから」


「俺の分まで食ってんじゃねえか」


「冗談ですよ。はい、あーん」


「……お前、ここまで計算して買っただろ、これ」


「さあ、何のことでしょう?」


そう言って、とぼけた顔をする蒼衣に、俺は小さくため息を吐きつつ、差し出されたみたらし団子を口に含む。


最初に甘いタレの味が広がった後、少し焦げた餅の部分の風味が追いかけてくる。


「ん、美味いな。やっぱり焼きたては違う」


「ですね。ちょっとパリッとしてて、香ばしいです」


うんうん、と頷く蒼衣の持つ串には、残り団子が2つ付いていて──


「計算してたのは、ここまでか──!」


「ふっふっふっ、先輩、わたしを甘く見ましたね」


「そんなところでトラップかけてくるとは思ってなかったんだよなあ」


「隙があれば仕掛けますよ?」


「俺、蒼衣の横で安心できなくなるな……」


「それは困ります。安心して引っ掛かってください」


「安心できるトラップって何……」


そんな俺の呟きに、蒼衣が軽くウィンクを飛ばす。


「先輩にも得のあるトラップだと思いますけど?」


「……そのトラップ、ちゃんと痛みも伴うんだよなあ」


痛みというか、羞恥だが。


じと、と目を向けると、蒼衣がにやり、と真逆の表情を向けてきて、視線がぶつかる。


「その痛み、少し慣れてきてません?」


「……」


言われてみれば、誰も見ていなければ抵抗感が無くなってきている気がする。というか、ほとんどないぞ……。


そう思った俺を見透かすように、大きな瞳が楽しそうに揺れる。


「……どうだろうな」


俺は、意味もなく濁すようにそう言って、視線を逸らす。


……まったく。


雨空蒼衣という女の子は、俺自身が気づかない間に、俺の認識を変えていく。策士にも程があるが──そこもまた、こいつの魅力なんだよなあ。


そんなふうに思うのは、いわゆる惚れた弱み、というやつなのかもしれない。


そう考えて、俺はぽつり、と呟いた。


「……俺、将来尻に敷かれるタイプな気がしてきたな」


「そんなことしませんよ!?」

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