第2話 まだ、同一世帯ではないので
「先輩っ、お待たせしました!」
俺がスーパーに到着してから、数分後。
ロングスカートに、ベージュのロングカーディガンの美少女が、茶色がかった髪を揺らして、俺に声をかけてくる。
声の主は、もちろん蒼衣だ。
「いや、別に待ってねえよ。さっき着いたところだしな」
「えへー」
「……? どうした?」
「いえ、恋人のテンプレ会話だなー、と思いまして」
「あー、言われてみれば……。気づかなかったな……」
「たまにはこういうのも楽しいですねぇ」
「最近はあんまり待ち合わせとかしないからな。ほぼ一緒にいるし」
にへー、と緩んだ顔でそう言う蒼衣に、俺は苦笑しながら返す。
「それに不満があるわけではないんですよ? むしろ、いつも一緒は嬉しいんですけどね。ただ、こういうのも憧れのひとつだと思いません?」
「……俺は別に」
「えぇー、憧れましょうよー」
「憧れってそういうものじゃないんだよなあ」
そんな、いつも通り、特に中身のない会話をしつつ、スーパーの自動ドアをくぐる。
それほど人はいないのだが、あちらこちらから販促の音楽が流れていて、それなりに騒がしい。
買い物カートを回収し、押しはじめると、すかさず隣からカゴが置かれる。
「それでは先輩、いつもの質問です」
「ん?」
完全に体重をカートに預け、半分寝そべっているような姿勢で押していると、蒼衣が俺の顔を覗き込む。
「今日の晩御飯、何がいいですか?」
「あー……そうだな……」
ふむ……。
「あんまり思いつかないな」
「なんでもいい、は禁止ですよ? あれ、困るので」
「わかってる。わかってるんだが……」
「まあ、思いつかないものは思いつかないですよね」
「そうなんだよなあ」
正直、なんでもいいとは思う。だって蒼衣の作る料理、なんでも美味いからな。
「うーむ……」
頭を悩ませつつ、あれこれ見ながらカゴに入れ、進んでいく蒼衣についていく。
すると、蒼衣が「あ」と呟いた。
「卵がすっごく安いです! ……おひと家族様ひとつ……。先輩、これ、わたしたちどうするべきなんですかね?」
こてん、と首を傾げつつ、小ボケを入れてくる蒼衣。それに俺も乗り、神妙な顔で返す。
「……ひとつ、かもな」
「ということは、先輩とわたしは同一世帯……先輩、婚姻届を貰いに行きましょう!」
「……それは数年早いんだよなあ」
「そうですね、数年早いです」
……乗らずにツッコミ入れておけばよかったか。
頭をかきながら、ちらりと蒼衣を見ると、照れくさそうに上目遣いと目が合う。
またそれがむずがゆくて、俺は話を無理やり戻す。
「あー、卵、卵か……。あ、オムライスが食いたい」
適当に、思い浮かんだ卵料理を口に出す。それを聞いた蒼衣は、ふむ、と一瞬考えるそぶりを見せてから、こくり、と頷いた。
「オムライスですか。了解です。ふわとろのを作りますよ!」
ぐっ、と胸の前で両手を握る蒼衣。
「ちなみに、かけるのは何がいいですか?」
「そうだな……。今回はシンプルにケチャップで」
「了解です。先輩がデミグラスソースかホワイトソースを希望しないのは珍しいですね」
「たまには普通にケチャップも食いたいと思ってな」
「なるほどです。ちなみに、トマトソースもできますけど」
「……今回はケチャップで」
「わかりました。……一瞬揺らぎました?」
「……正直、な」
想像するまでもなく、絶対美味いんだもんなあ……。今度作ってもらおう。
そう思いながら、卵のパックをカゴへと入れると、蒼衣がくすり、と笑う。
「トマトソースのオムライスはまた今度作りますね」
「……頼む」
今回は思考を読んだというより、顔に出ていたのだろう。それも仕方ないとは思うが。
……トマトソースのオムライス、いつ作ってくれるんだろうか。
目先のケチャップオムライスよりも、そちらのことを考えながら、少し上機嫌になった蒼衣の後ろを追って、カートを転がした。
──ちなみに。
ちゃんと卵は2パック買った。同一世帯ではないので。
大学生は金がないので、背に腹は変えられないのである。
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