第7話 蒼衣は紅茶を、俺はコーヒーを
「準備するものは、グラスいっぱいに入れた氷と、熱い紅茶です」
そう言って、蒼衣が俺の目の前にグラスとティーポットを置く。
この暑い夏にもかかわらず、湯気を上げているあたり、本当に温度が高いものなのだろう。
「次に、この氷たっぷりのグラスに注ぎます」
そう言いながら、蒼衣は冷えたグラスに熱々の紅茶を注いでいく。ぱきぱきと音を立てて、氷が溶けていく。
「まあ、そうだろうな」
「以上です」
「……まあ、そうだろうなあ」
なんというか、予想通りだ。氷の入ったグラスと、ホットの紅茶。当然、注ぐことになるだろう。
すっ、と差し出されたグラスを受け取り、ひと口飲む。うむ、美味い。大量の氷のおかげでしっかりと冷えていて、体の内側から冷まされるような感覚がある。
「ポイントは、紅茶を濃いめに作ることです。氷が溶けて、ちょうどいいくらいになるので」
「なるほど。そこがひと工夫ってことか」
「そういうことです」
頷く蒼衣を見ながら、もうひと口飲む。たしかに、濃い印象は受けない。濃いめの紅茶特有の渋さもないし、かといって薄い、というわけでもない、ちょうどいい濃さだ。この調整は、蒼衣の腕前あってこそなのだろう。多分、俺が淹れると濃すぎるか、薄すぎるかだ。……うわ、簡単に想像出来るな……。
「……紅茶を淹れるのは、今後も蒼衣に任せるかなあ」
「急にどうしたんです?」
首を傾げる蒼衣に、俺は苦笑しながら返す。
「いや、俺が淹れたら、残念な完成度の紅茶になるだろうな、と思ってな」
「そんなに本格的なものじゃないので、一緒だと思いますけど」
「こう、ほら、感覚的にしかわからないところってあるだろ? 濃さとか」
「まあ、それはそうかもしれませんけど。何回か淹れればわかると思いますよ?」
そう言われ、一瞬考える。いや、多分わからねえな。
「俺、紅茶は蒼衣が淹れてくれないと飲まないしな……。まあ、その辺含めて、だな。蒼衣、俺より俺の好みを知ってるわけだし、これからも紅茶は任せようかな、と」
そう言うと、蒼衣は仕方なさそうに、それでいて嬉しそうに笑う。
「わかりました。今後もわたしが先輩の紅茶は淹れさせてもらいますね」
「おう」
「そのかわりに、先輩はわたしにコーヒーを淹れてください」
「……お前、俺が淹れるときしか飲まねえじゃねえか」
蒼衣は基本、コーヒーを飲まない。たまに俺が淹れたときに、一緒に飲むくらいだ。
「だからですよ。わたしが飲むコーヒーは先輩の淹れたものだけです」
なぜかドヤ顔の蒼衣に、俺は苦笑する。
「インスタントだけどな」
「それは紅茶も似たようなものですから」
「まあ、それもそうか」
そう言って、俺は紅茶を飲みながら。
たまにはインスタントじゃない、美味いコーヒーでも淹れてみるかな、と思うのだった。
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