第6話 後輩とティータイム

フォークの先にチョコケーキを突き刺して、口の中へと放り込む。


その瞬間、濃厚なチョコな香りが広がり、鼻へと抜けていく。


「やっぱり美味いな」


「ですねぇ」


そう答える蒼衣は、幸せそうに目を細めている。本当に美味そうに食べるな、こいつ。


頬を緩める蒼衣を見ながら、俺は紅茶をひと口飲む。口に残った甘味をリセットして、またケーキを放り込む。


この流れ、完璧である。毎回ケーキの甘味をしっかりと感じられるところが素晴らしい。


ちなみに、今日の紅茶はいつものホットではなく、アイスだったりする。理由はもちろん、夏だからだ。


家でアイスティーを淹れて飲む、というイメージがなかった俺としては、なかなか新鮮だったりする。


「アイスティー、簡単に出来るんですよ」


グラスの中の液体をまじまじと見ていると、くすり、と笑う蒼衣が、そう言った。


「そうなのか? ……まあ、冷やせばいいだけだもんな」


「それは微妙に語弊がありますけどね。ただ単純に、氷を入れて冷やすだけだと、ちょっと物足りないというか、味が薄くて残念なことになったりします」


「へえ。まあ、言われてみればそうか」


ジュースだって、常温のものに氷を入れて冷やすと、なんだか微妙に薄くて不味いときがある。紅茶ともなると、それが顕著に出てくるのかもしれない。


「でも、それならどうするんだ?」


「単純なことですよ。……せっかくですし、実演してみせましょうか」


蒼衣は、俺の空になったグラスを手に取り、台所へと向かっていく。


そして、戻って来た彼女の手には、ふちからはみ出るほどにたっぷりと氷を入れられたグラスと、紅茶の入った透明なガラスのティーポットが握られている。


「……ん? そんなの、俺の部屋にあったか……?」


ティーポットを見ながら首を傾げると、蒼衣が嬉しそうに笑う。


「さすが先輩、気づきましたか。これ、今日買ったんですよ」


「なるほど。そりゃ見覚えはねえな」


「自分の部屋には持ってるんですけど、ここで紅茶を飲むことも結構多いですし、いいかなー、と思いまして」


「たしかに、よく飲んでるな」


基本的に、蒼衣はコーヒーより紅茶派だ。


よくお菓子を食べながら長々と話をしていたりするが、そのときも8割くらいは紅茶な気がする。ちなみに、残りの2割はジュース、せんべいや和菓子系を食べているときの緑茶だ。


「それと、今日は使わなかったんですけど……」


そう言いながら、蒼衣が台所から何かを持ってくる。


「ティーカップも買いました! これで先輩とのティータイムが捗りますよ」


じゃじゃーん、と突き出された両手には、白磁のティーカップソーサー。ティーカップのふちに金色のラインが入っており、シンプルだが少し高級感のある見た目になっている。


「へえー……。すげえ高そうだな……」


指先で突くと、キン、と小さく高い音がする。


「そうでもないですよ。お手頃価格です。ふたつでこれくらいですね」


そう言って、蒼衣は指を3本立てる。多分、野口が3人だろう。


「……それお手頃価格なのか? 俺、基本100円ショップでしか皿買わないからわからねえな」


「いいものにしてはお手頃、というところですね。ちょっといいもので、贅沢なティータイム、よくないですか?」


「たしかに、いいかもな」


まあ、俺的にはティーカップだろうがマグカップだろうが、それこそ紙コップでも構わないのだが。大切なのは、蒼衣がいることだ。


……とはいえ。きっと、このティーカップで紅茶を飲む蒼衣は様になっているだろうし、見てみたい。


そんな彼女を眺めながらのティータイムは、これまでとは違った楽しみがあるに違いない。


そんなことを思いながら、俺は少しだけ口角が上がるのを感じた。


「……っと、話が逸れましたね。それじゃあ、アイスティーの淹れかたですけど──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る