第5話 頑張ったらご褒美を

「マジで美味かった……」


夕食を終えた俺は、ベッドに背中を預け、脱力していた。シャワーでさっぱりして、美味い夕飯を食べて、もうあとは寝るだけだなあ、なんて思っていると、蒼衣が俺を覗き込むように視界に現れる。


「先輩、今日はデザートもありますよ」


「へえ、珍しいな」


「はい。今日は特別なので」


「特別?」


何か、特別なことなんてあっただろうか。インターンがあった、くらいしかないと思うのだが。


心当たりがなく、首を傾げていると、蒼衣が口を開く。


「慣れないことを頑張った先輩へのご褒美ですよ」


「あー、そういう……。別にいいんだぞ?」


「ダメですよ。こういう体力も精神力も使うことのあとにはご褒美くらいは準備しておかないといけません。そうじゃないと、次が頑張れなくなりますから」


ぴっ、と指を立てて、蒼衣は真面目な声でそう話す。


なるほど、たしかにそうかもしれないな。少しくらい、頑張った自分を甘やかしてもいいのかもしれない。


そんな風に納得したのがわかったのだろう。蒼衣は数度頷いて、口を開く。


「そんなわけで今日のデザートは、久しぶりのケーキです!」


そう言って、蒼衣が見覚えのあるデザインの箱を掲げる。近くにある、お高いケーキ屋のものだ。


「お、マジで久しぶりだな」


「はい。久しぶりすぎて、どれにするか迷っちゃいました」


あははー、と照れたように笑う蒼衣が、机の上に箱を載せ、開く。


「それで、悩んだ結果、今回はこちらです。じゃん!」


その声とともに、蒼衣が出したのは黒いケーキだ。正確には、黒に近い焦茶色。生クリームは載っておらず、代わりとばかりに光沢を放つコーティングがされている。


「お、チョコケーキか」


「はい。定番ですけど、たまに食べたくなりません?」


「わかる。ここのチョコケーキ美味いからな」


前に食べたことがあるのだが、とにかく濃いのだ。しっかりとチョコレートで、重量感もある。多分、俺の知っているチョコケーキで1番美味い。


「頭を使ったあとは、しっかり甘いものに限りません?」


「だな。チョコが1番頭に染みるんだよなあ」


「わかります。……ちなみにわたしはこれにしました」


そう言って、遅れて出てきたのは、いちごを散りばめ、ゼリー状の赤やピンクのクリームで彩られたケーキだ。


いわゆる、いちごのショートケーキの亜種。正式名称があるのかもしれないが、俺は心の中でそう呼んでいる。いちごが載ってると全部ショートケーキ感あるんだよな。


「……ちょっとそれも食いたいな……」


俺の呟きに、くすり、と蒼衣が笑う。


「あとでひと口あげますよ」


そう言って、蒼衣がゆるりと立ち上がる。


「少し待っててくださいね。紅茶、淹れてきますから」


「ん」


ぱたぱたと台所へ向かう蒼衣の背中を眺めながら、俺は思う。


やっぱりこの光景が、落ち着くなあ。

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