第3話 待っているのは後輩彼女

「ただいま……」


立て付けの悪い扉を開けた俺は、グロッキー状態でそう呟く。


履き慣れない革靴のせいで足は痛むし、使い慣れない手持ちカバンのせいで手のひらと腕も痛い。使い慣れない形で頭を使わされて、思考はなんだかぼんやりとしている。オマケにこの暑さだ。全身汗だくで、余計に疲れる。


はあぁぁぁ……と大きくため息を吐きながら、つっかえつつも靴を脱ぐ。すごい解放感だ……。


そう思っていると、部屋の奥からとてとてと軽い足音が聞こえてくる。姿を見せたのは、白いシャツにずいぶんと短い丈のスカートを身に纏った蒼衣だ。朝と服が違うところを見るに、どうやら着替えたらしい。


「おかえりなさい、先輩。お疲れ様です」


「おう、ただいま……。マジで疲れた……」


そんな俺の様子を見て、蒼衣は苦笑する。


「みたいですね。そんな先輩に、せっかくなので」


こほん、とひとつ咳払いをした彼女は、いつもより少し甘い声を出す。


「お風呂にします? ご飯にします? そーれーとーもー……」


そこで一瞬区切って、蒼衣は少し前屈みになる。


「わ・た・し?」


腕を前に持ってきたせいで強調される胸元は、薄い布の向こうで柔らかそうに形を変える。ちらりと覗く肌色は、まさに魅惑。そして、動きに合わせて揺れたスカートは、見えそうで見えない、際どさの極みだ。そちらも目を離せない。


さらに、少し潤んだようにも見える、上目遣いだ。


どきりとする、なんてレベルではない。ごくり、と唾を飲む。こんなもの、考える必要もない。最初から決まっているじゃないか。


俺が選ぶのは──


「風呂……」


「……むぅ。冗談とはいえ即答は傷つきます」


蒼衣は、頬をぷくり、と膨らませる。


「いや、さすがにこの汗だく状態で飯は嫌だろ……」


「選択肢にわたしが入っていないのが1番傷つきますね!」


「えぇ……」


いや、だって、なあ?


ここで「お前にする」なんて言える人間、この世にいるのか……?


いたとしても、少数派であることは間違い無いと思う。少なくとも俺は無理なんだよなあ。


「……まあ、冗談はさておき、です。お風呂、入っちゃってください。シャワーですけど」


「おう」


はあ、と仕方なさそうにため息を吐いた蒼衣に促され、カバンを彼女に預けて、ネクタイを引っ張る。


「……その仕草、理由はわからないんですけど、やっぱりいいんですよね……」


「前にも言ってたな……」


「なんでですかね?」


「さあ……」


それは俺が知ってるはず、ないんだよなあ。


そう思いつつ、俺は脱衣所へと向かう。汗は引いてきたが、そのせいでベタつきが酷く、不快な感覚だ。


うへぇ、と顔をしかめながら、俺は扉を開けつつボタンを外す。中に入り、扉を閉める直前。


「……これでも足りませんか。お酒を飲んでいないときの先輩、手強いですね……」


なんて、真面目そうに考えている声に。


「……こんな汗だくで汚い状態で、お前に触れねえだろ……」


そう、呟くのだった。

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