第21話 手持ち花火の醍醐味ですよ
蒼衣を連れて、俺はアパートの庭的な場所に出ていた。このスペース、本来は何に使うものなんだろうな。もう住みはじめてずいぶんと経ったが、未だにわからねえ。
カチ、と乾いた音を鳴らしながら、ろうそくにライターで火を灯す。ちりちりと指の表面が焦がされるような感覚に耐えつつ、ゆらゆらと燃える火が安定したのを確認して、俺はライターを片付けた。めちゃくちゃ熱かった……。ライター、使うたびに思うけど欠陥機構では?
ちなみに、ろうそくは昨年と同じく防災グッズだ。もはや花火用だな……。
「で、まずはどれにする?」
「1番火花の散る花火にします。それで先輩の前髪を焼きます」
「蒼衣、思ったより怒ってるな!? というか彼氏の前髪がなくなってもいいのか!?」
「先輩、わたしは先輩の髪の毛がなくなっても、先輩のことが好きですからね」
「男にハゲる未来の話はやめろ。本気で怖いんだぞ」
「今から怯えてどうするんですか……」
はあ、とため息を吐いたあと、蒼衣はじぃ、と俺を見つめる。
「……なんだ?」
「……いえ、少し気になったことがありまして」
首を傾げる俺をさらに眺めてから、蒼衣が自分の前髪に手を入れて、かきあげる。へえ、前髪を上げた髪型も、結構可愛いな。
「先輩、こう、こんな感じで前髪をかきあげてくれませんか?」
「……こうか?」
前髪をすべて後ろにやるように手を入れる。
「はい先輩、そのままキープです」
「お、おう……。え? これ何?」
「……」
俺の疑問には答えることなく、蒼衣はじっくりと観察するように、俺から視線を逸らさない。なんだこれ、恥ずかしいな……。
「あの、蒼衣さん?」
ポーズはそのまま、俺は蒼衣に問いかける。すると、蒼衣はうんうん、と首を縦に振った。
「これは……普段とは違ったかっこよさがありますね」
「お、おう、それはよかった」
よくわからねえが……多分、俺がさっき抱いた感情に近いものを、蒼衣も感じているのだろう。前髪ひとつで雰囲気って変わるみたいだからな。
「先輩、やっぱり髪は大事です。大切にしてください」
「ハゲる気はねえよ!? ったく……ほら、花火やるぞ」
「はーい」
そう言って、くすくすと笑う蒼衣は、手に持った花火を火へと近づける。しゅぼっ、という音とともに、花火の先から火花が飛び散った。
「おぉー! やっぱり派手な花火は楽しいですね!」
「わかる。振り回したくなるよな」
そう言って、俺も花火に火をつける。しゅっ、と音が鳴って、弾けた。火薬の香りが鼻に届く。この匂い、花火って感じがするなあ。
すん、と鼻を鳴らしていると、蒼衣が呆れた声を出す。
「子どもじゃないんですから……。まあ、気持ちはわかりますけど」
くるり、と蒼衣が花火を回す。弧を描いた鮮やかな火が、ちょうど円を作ったあとに事切れた。
ほぅ、とひとつ息を吐いた蒼衣が、新しい花火を手に取って、俺の隣へと距離を詰めてくる。
「先輩、火ください」
そう言って、肩が触れる距離にしゃがんだ蒼衣が、俺の持つ花火の先へ、花火を当てる。すぐに音が鳴って、光が増した。
「……ろうそくの火を使えばいいだろ」
「それだと味気ないじゃないですか。これも手持ち花火の醍醐味ですよ」
「そういうものか」
「そういうものです。……ちなみに先輩、人もいませんし、わたしと先輩が気をつければ振り回せますけど……どうします?」
首を傾けて、すこしにやりとしながら、蒼衣はわかりきったことを聞いてくる。というか、お前も振り回したいんじゃねえか。さっきもくるくる花火を回してたしな。
俺は、ふっ、と笑って、口角を上げる。
「もちろん、振り回すぞ」
そう言って俺は、ちょうど終わった花火を水に沈めて、2本の花火を手に取った。
子どもの頃は許されなかった、二刀流花火である──!
「あっ! 先輩ずるいですよ! ならわたしは3……いえ、4本です!」
「使い過ぎだろ!?」
片手に2本ずつ持った蒼衣が、くるくるとその場で回るのを見ながら、俺は2本の花火を振り回しつつ。
次は6本持ってやる──!
そんなどうでもいい決意を固めるのだった。
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