第22話 密かな決意のその先は
「──」
ゆらり、ゆらりと揺れるろうそくの火のせいだろうか。ぱちぱちと弾ける線香花火を眺める蒼衣は、とても綺麗で、ついその横顔に視線を釘付けにされる。蒼衣は可愛い系だ、なんて思っているのだが、たまに、ものすごく綺麗なときがある。雨空蒼衣という女の子の魅力は、本当に底知れない。
そう思いながら、ずっと眺め続けていたからだろうか。蒼衣が俺の視線に気づいたらしく、こちらを向いて、くすり、と笑う。その笑みは、瞳に帯びる光は、普段よりも大人びて見えた。どきり、と心臓が跳ねる。
「先輩。花火、終わってますよ」
「え、あ、ああ」
俺は、慌てて手に持つ花火の残骸を、バケツに張った水の中へと放り込んだ。じゅん、と湿った音を鳴らして、ゆらりゆらりとバケツの底へと向かっていく。
そんな俺を見て、蒼衣はまた笑う。
「見惚れちゃいました?」
「……うるせえ」
小悪魔のように、ほんのすこしいたずらっぽく。
先ほどとは打って変わって、そんな可愛い笑みを浮かべる蒼衣から、俺は目を逸らして、線香花火を手に取った。まったく、可愛かったり、綺麗だったり、やっぱり可愛かったりと、俺の心を乱すのが得意にもほどがある。
……少し、落ち着くか。
手に持つ線香花火を蝋燭の上にかざし、点火する。ぱちぱちと火花を散らしはじめたのを確認して、手元に戻す。控えめに弾ける火花を眺めていると、早くなった鼓動が落ち着いていく感覚があった。
「……線香花火って、少し寂しくなりますよね」
ぽつり、と。蒼衣が、小さく呟く。
「そうだな。ちょっと終わりって感じがする」
「なんでそう思うんですかね」
「さぁ……」
昔から、線香花火を見るとそう思っていた気がする。もしかすると、DNAに刻まれているのかもしれないな……。
ぼぅ、っと考えながら眺めていると、弾ける光が弱まって、ぽとり、と乾いた音とともに、花火の先が地面に落ちる。
「……この終わりかたも、寂しく感じる理由なのかもな」
「たしかに、そうかもです」
ちょうど、蒼衣も同じタイミングに終わったのだろう。揃ってバケツに花火の残骸を入れる。残っている線香花火は2本だ。
お互いに1本ずつ握り、溶けてずいぶんと短くなったろうそくへ、ゆっくりと近づける。2本の花火が、互いをくすぐるように触れ合った。
ぱち、と弾けはじめたのを見て、どちらからともなく花火を離す。
ぱちぱちぱち……と静かな音だけが鼓膜を揺らす。それ以外は、無音。
そんな中に、砂が擦れるような音が混ざる。
ふわり、と。
火薬の香りだけがする空間に、甘い香りが混ざり込んだ。
見なくてもわかる。蒼衣が距離を詰めたのだろう。
今、彼女はどんな表情をしているのだろうか。
それが気になって、俺は蒼衣のほうへと視線を向ける。
距離は、拳ひとつ分くらいだろうか。十分に近くて、それでいて、俺たちにとっては少し遠い。そんな距離。
その距離感で、蒼衣は少し、寂しそうな顔をしていた。
「──」
その表情は、俺の心を掴むには十分なくらいに魅力的で、それでいて。
「──」
あまり、そんな顔はしないでほしいと思った。
だから、俺は少しだけ、蒼衣と同じように距離を詰める。拳ひとつ分の距離はもうない。肩が触れる、お互いの熱が伝わるほどの距離。なんとなく、俺と蒼衣の距離感は、この距離感だと思う。……いや、もう少し近い、か? ああ、もっと近いな。普段はもっと触れてる気がする。
とはいえ、これ以上距離を詰めるといってもな、と思っていると、ぽすり、と肩に何かが乗る感覚。甘い香りが強くなり、首筋には柔らかい髪が触れて、くすぐったい。
くり、と頭が動かされるたびに、甘い香りがふわふわと漂い、首筋が撫でられる。
ああ、そうだ。
俺と蒼衣の距離感は、これくらいがいい。手を伸ばせば触れられる距離よりも、もっと近く。お互いがお互いに触れている距離。
いつかに俺が願った、それよりも近くて、暖かい。
あのとき、線香花火を見ながらした密かな決意は、正解だった。
俺と蒼衣は、今、隣で触れ合っている。
そしてきっと──いや、必ず、これからも。
思わず、口角が上がる。
隣からも、くすり、と笑ったような気配がした。きっと、同じことを考えていたのだろう。
ぱちぱちと、線香花火が弾ける。
その光が消えるまで、俺と蒼衣は、ただ無言で寄り添っていた。
感じていた寂しさは、いつの間にか消えていた。
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