第19話 雨空蒼衣の勘違い

「……」


「……」


俺の部屋の中に、ただただ沈黙が横たわっていた。


蒼衣は、俺が手に持っているとあるものから視線を逸らすことなく、ぎこちなく口を開く。


「……え、先輩。先輩のやりたかったことって、これですか」


「おう。これだな」


「……冗談じゃなくて、ですか?」


「冗談じゃなくて、だ」


「……本当に、ですか?」


「本当に、だ」


「……」


「……」


一瞬の沈黙のあと。


かあああぁぁぁぁっ! と蒼衣の顔が勢いよく真っ赤に染まる。


そして、ばふんっ、と俺の布団に飛び込んで、丸くなったあと、掛け布団で頭から足の先まですっぽりと覆う。お布団ゴーストの完成である。ハロウィンにはまだ早いし、お盆は過ぎたぞ。


そんなゴーストからは、くぐもった音ながらもはっきりと聞こえる声が発されている。


「もうううううう! 先輩が思わせぶりなこと言うから勘違いしちゃったじゃないですかぁぁぁ!」


「俺、そんなこと言ったか?」


「言いました! 家じゃないと出来ないって!」


「それもアウトなのか……」


「あの雰囲気で、その台詞はアウトです! もうううう!」


ばふん、ばふん、と布団の中で、蒼衣が暴れる。そのせいで、スカートの裾が乱れ、白い太ももがちらちらと見える。


蒼衣からは俺が見えていないことをいいことに、そのちらりと覗く隙間に合わせて視線を動かす。うむ、いい光景だ。


「アウトって言われてもなあ……。それに、また来年もって約束しただろ?」


「……それは夏祭りに行く約束だった気がするんですけれど。いいですけどね。手持ち花火は手持ち花火で楽しいですし。それが先輩となら尚更楽しいですし」


そう言って、布団からぼすっ、と頭だけ出した蒼衣が、また俺の手元へと視線を向ける。


そう、俺の手に握られているもの。それは、手持ち花火だ。


俺がしたかったこと。それは、昨年と同じように、蒼衣とふたりで花火をすることだ。


アレ、結構楽しかったんだよな。


それに、まあ、俺が自分の気持ちに気づきはじめたというかなんというか……なイベントだったこともあって、なんとなく、大事なイベントな気がするのだ。蒼衣にとっては、普通に花火を楽しんだだけだったのだろうが。


そんなことを思い出していると、はぁ、と蒼衣がため息をひとつ吐いて、布団から出てくる。ばさばさと動いていたせいで、服も髪も少し乱れていた。茶色がかった髪を手櫛で直しながら、さらにため息をもうひとつ。


「なんだか色々と失った気もしますし、ものすごく疲れた気もしますけど……。もういいです。全部忘れて花火を楽しむことにします」


そんな風に振り切った蒼衣を少しからかってみたくなって、俺は軽く頷いてから、呟くように言った。


「……ちなみに、俺はお前が何と勘違いしてるのか、気づいてたぞ」


「……え?」


蒼衣の動きが、見事に止まった。

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