第18話 先輩のしたいことって

「初花火大会、どうだった? 満足出来たか?」


花火大会のフィナーレを見届け、生温い空気の中を、ゆるりと歩く帰り道。余韻に浸りながら俺は、隣でご機嫌な蒼衣に、答えのわかりきった質問をしていた。


「はい、大満足です。あれは人が集まる理由もわかりますねえ」


むふーっ、と満足顔の蒼衣。繋いだ手がいつもより揺れているあたり、ずいぶんとお気に召したらしい。


「でもこれ、地元の花火大会なだけで、そんなに大規模なものじゃないんですよね?」


「ん? ああ、そうらしいな」


「いつか有名な花火大会とか、行ってみたいですね」


「有名か……。具体例が出てこないな……」


イメージとしては浮かぶのだが……うむ、花火大会の名前が出てこない。


「……たしかにそうですね。大規模で、有名な花火大会があるのは知っているんですけど、その名前って覚えてないです」


うむむ、と唸る蒼衣も、まったく記憶にないらしい。


「まあ、そのあたりはまた今度、調べてみることにしましょうか。行くのは来年以降でしょうし」


「だな。さすがに今年は終わってるだろうからな」


そう言って、今が8月の終わりがけだということを改めて自覚する。こんなに暑いのに、もう8月が終わるのか……。


9月になれば、あっという間に大学が再開する。また講義とテストの日々がはじまるのだ。今から嫌になってきたな……。


それに、オマケとしてインターンも待っている。最悪なんだよなあ。


……と、まあ、そんなテンションの下がる今後の話題は放っておいて。


「来年の花火大会の話は、来年するとして、だ。ひとつ、今からやりたいことがあるんだが、付き合ってくれるか?」


「? もちろんいいですけど、何するんです?」


こてん、と首を傾げる蒼衣。


「まあ、それはすぐにわかる。とりあえず、家に帰るぞ」


「え、あ、はい。……家に帰ってからやるんですか?」


「おう。むしろ、家じゃないと出来ないな」


最近では、禁止されている所のほうが多いからな。公園とか、名指しでダメって書かれているし。


「……」


蒼衣は、軽く考えたあと、何かに思い至ったらしい。はっ、としたあと、にやぁ、と口角を上げ、俺を見る。


「……先輩、外でそういうこと言うなってわたしには言うのに、自分は言っちゃうんですね」


「ん?」


いったい、何の話だろうか。


俺が首を傾げていると、蒼衣はさらににやけながら、距離を詰めてくる。


「まったく、先輩はえっちです」


「今どういう流れでそうなった!?」


まったくもってわからないんだが!?


「先輩のしたいことって、つまり、その、そういうことですよね」


混乱する俺に、上目遣いでそう言って、ほんのりと頬を染める蒼衣。さっきまでの余裕のにやつきはどこへ行ったのか、急に大人しい。繋いでいる手が、きゅう、と握られる。


……もしかしてこれ、致命的に勘違いしているのでは……?


どうやって誤解を解いたものか……。


そう思いながら、蒼衣の横顔をちらりと見る。何か期待するように俺をちらちらと見ていた。ほんのり色っぽい視線に、思わずどきり、と心臓が跳ねる。


……誤解、解かなくていいか。


もうしばらく、こんな蒼衣を眺めていたい。それに、あとから誤解だと気づいて慌てる蒼衣も見たいしな。


よし、誤解は解かない。


そう決めた俺の脳に、さらなる思考が走る。


……待てよ。これ、本当にそういうことにしてしまっても、いいんじゃないか……?


そんなことに気づいてしまった俺は、悶々とした葛藤を抱えながら、とにかく帰路を急ぐのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る