第9話 食いしん坊だなあ
「ふぅ、これで全部買えましたね!」
そう言いながら、蒼衣が額を拭う。
「……蒼衣、俺のこの状況を見て、何か思わないか?」
「……先輩は力持ちですね」
「目を逸らすんじゃねえ」
じろり、と蒼衣を見ると、見えませんとばかりに両眼を塞いでいる。その前でため息を吐く俺の両手には、屋台で購入した大量の食べ物の入ったビニール袋がぶら下がっていた。
「何か弁明はあるか?」
「だって美味しそうだったので……」
「食いしん坊だなあ」
「なっ!? 先輩、女の子にそれはどうかと思います。デリカシーの欠如です」
「これだけ持たされてる俺にはそれくらいの権利はあると思うんだが」
「ありません。それは女の子に言ってはいけない言葉なので」
胸の前で手を交差させる蒼衣。
「じゃあこういうとき、どう言えばいいんだ?」
「食いしん坊でいいんじゃないですか?」
「さっきよくないって言わなかったか!?」
「はい。ダメです。ダメですが。わたし以外にはデリカシーはないままでいきましょう。そのほうが変な虫がつかないので」
「お前は彼氏がデリカシーのないやつのままでいいのか……」
「はい。……と、まあ冗談はここまでにして、です。実際のところ、何も言わないのが1番ですね」
そう言って、蒼衣は俺の持つビニール袋をがさがさと漁る。
「何が気に触るかは人それぞれですから。触らぬ神に祟りなし、というやつです」
蒼衣はくるりとりんご飴を回して、ぴしり、と俺に突きつける。そして、さらにそれを回して自分の口元へと持っていき、ぺろり、と舐めた。
「なるほどなあ。……で、お前はどうなんだ?」
「わたしですか?」
「おう。蒼衣的には、どこからがアウトなのかな、と」
そもそも、俺としては世論ではなく蒼衣のダメなラインが聞きたかったのだ。
うーむ、と頬に指を当てた蒼衣が、少し考える。
「……特にないですね」
「ないのか」
「はい。さっきみたいにダメですーって言うことはあると思いますけど、本当に心の底からダメ、とは思ってないので」
「……なるほど。じゃあせっかくだからな」
「?」
首を傾げる蒼衣を見ながら、こほん、と咳払いをひとつ。
「食いしん坊だなあ」
「なんで言い直したんです!?」
「一応、公認してもらったからな。改めて」
「改めなくていいんですよ! もう!」
「!?」
そう言って、蒼衣は頬を膨らませつつ手に持っていたりんご飴を俺の口へと突っ込んだ。正確には、ぶつけた、というべきだろうか。さすがにひと口でいけるサイズではない。
もう余計なことを言うなとばかりに押し付けられるりんご飴をちろりと舐める。うむ、美味い。
「まったくもう、この話はここで終わりです。次に行きましょう」
「ん? 買い物も終わりじゃないのか?」
俺がりんご飴を受け取ると、蒼衣が空いた手のひらをぱん、と鳴らす。そして、ビニール袋から次はわたあめを出している。……え? りんご飴、あとは俺が食うのか?
そんな俺の視線はいざ知らず、蒼衣は真剣な顔で話を続ける。
「もちろん、終わりじゃないですよ。むしろここからが本番です」
「……もう持てないぞ」
「大丈夫ですよ。食べ物じゃないので」
「食べ物じゃない? ……おい、お前、まさか……!?」
この感じの蒼衣、心当たりがあるぞ……。
間違いない、あれだ──!
「おい蒼衣、あれはやめとけって──」
反射的に蒼衣を止めようとして伸ばした手を、ぐいっと掴まれて。
「行きますよ先輩! 今年こそ、当てます!」
蒼衣は反対の手で小さめのカバンから財布を出しながら、とある屋台へと向かっていく。
そう、それは──
「くじはやめとけって言っただろ!? ていうか昨年痛い目にあったじゃねえか!」
「だからこそのリベンジですよ! 今年こそ1等を当てますよ!」
そう、くじ引きの屋台である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます