第38章 8月22日

第1話 それは祭り前の朝

長期休暇のいいところは、何も考えずに済むことだ。翌日のことを考えて、夜更かししないようにしなければいけないこともないし、朝は起きる必要もない。


つまり、自由なのだ。


だから俺は、わざわざ朝に起きる必要もないのであ──


「せんぱーい、朝ですよー! 起きてくださーい!」


……ないのである。


「起きてくださーい! 朝ですよー!」


「う、うるせぇ……」


がばり、と布団に頭まで入れてしまう。これで多少はマシになるだろう。気休め程度だが。


「もう……。なんで先輩は朝に起きるのを嫌がるんですか……」


「いや、眠いからだろ……」


「普通、朝にそこまで眠くはならないんですよ?」


「いや、なってるからな? ……というか、お前テンション高いな……」


「それはそうですよ。テンションも上がっちゃいます。だって──」


ばさり、と。蒼衣が俺の布団を剥ぐ。に、日光が……眩しい……ぐぅ……っ。


思わず閉じた目を、うっすらと開くと。


「今日は夏祭りなんですから!」


茶色がかった髪を朝日にきらめかせ、瞳を輝かせる美少女──雨空蒼衣が、太陽を背にして立っていた。


「……眩しい……」


「あっ! 枕に顔をうずめて寝ようとしないでください!」


「蒼衣さんや、お祭りは夜だよ」


「知ってますよ。でもお祭り前も大事じゃないですか」


「大事? 何するんだ?」


ちらり、と顔を動かし、蒼衣を見るも、日光が眩しくて枕へと顔をうずめなおす。日光、ダメ。


「それはもちろん、夜のお祭りをわくわくしながら待つんですよ」


「……いらない……。先輩寝ますね」


「だからダメですって! というかすでに11時ですからね!」


「11時って……。まだ朝じゃねえか……」


「世間的にはお昼ですよ!?」


「俺的には朝なんだよ」


「もう……。あ、じゃあ……」


ぽん、と手を打つ音が聞こえたあとに、蒼衣が近づいてくる気配がする。この枕は渡さないからな。


ぐっ、と手に力を入れ、枕を抱く。多少呼吸がしにくいが、取られるよりマシだ。


接近してくる蒼衣の気配に、改めて力を入れなおし──


「ふーっ」


「うおぉ!?」


背中にゾクゾクゾクッ、となんともいえない感覚が走る。


こ、こいつ、耳に息吹きかけたな……!?


「お、お前な……っ!」


思わず起き上がり、蒼衣に抗議の目を向けると。


「はい、先輩。おはようございます」


「……あ」


蒼衣が音符がつきそうなくらい機嫌の良さそうな声とともに、視界にちらつかせてきたのは、俺の枕だった。


……完全敗北である。耳に息を吹きかけるのはダメだと思います……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る