エピローグ もう少しだけ、旅行気分で

ずいぶんと久しぶりに感じる自室へと帰宅し、軽くシャワーを浴びたあと。


俺は、スマホ片手に自室のベッドへと寝転がっていた。……うむ、やはりベッドは自分のものに限る。旅館の布団もいいが、なんだかんだでこれがいい。


吹き込む風は、やっぱり生暖かい。というか、暑い。


目を閉じると、一気に疲労が襲って来るせいで、眠気が強くなってくる。


もう、このまま寝てしまうか。いや、でも電気くらいは消しておかないとな……。


それに、スマホも充電しておきたい。あまりバッテリーも残ってないしな。


そうは考えるものの、目が開かない。


……面倒だな……。もういいか。諦めて、寝る……。


そう思った瞬間。右手に持ったスマホが、振動とともに甲高い音を立てる。


「うお!?」


思わず驚いて、目を開ける。いったい、何の通知だろうか。……どうせ、アプリのどうでもいい通知だろうが。


それだけ確認して、寝るか……。


半分閉じかけた目で、画面を見ると──


「……蒼衣?」


通知の欄には、蒼衣からのメッセージと書かれている。……どうしたのだろうか。


反射的に通知欄のメッセージを押し、内容を確認すると。


『先輩、まだ起きてますか?』


と、そんなメッセージが入っていた。


『起きてる。どうした?』


そう返すと、すぐに既読がつく。そして、スマホが軽快な音を鳴らしはじめた。画面には、蒼衣からの着信と、通話ボタンが表示されている。俺は、ボタンを押して、スマホを耳へと当てる。


「……どうした?」


『……いえ、先輩まだ起きてるかなー、と』


「起きてるが……めちゃくちゃ眠い」


くあ、と思わず飛び出たあくびを噛み殺しつつ、俺はそう答える。


『……じゃあ、寝るまで通話しません?』


「まあ、別にいいが……」


ふむ……。


「……で、何の話するんだ?」


『うーん……。先輩は何か話題あります?』


「……眠いから寝たいんだが」


『それは話題じゃなくて要望ですね』


「そうだな。というわけで、寝ていいか?」


『ダメです』


「えぇ……なんで……」


そう呟くように言いながら、俺は自分が目を閉じていることに気づく。どうやら、本当に限界らしい。


「……蒼衣、悪いんだが、マジで眠い。限界。もう寝そう」


『え、えぇー……。あー、えーっと、じゃあ……』


「何故食い下がる……」


『だって……あ!』


一瞬、悲しそうな声を出したあと、蒼衣が声を上げる。


『先輩、覚えてます?』


「……何をだ?」


『昨日、旅館に行く途中に、旅行中、なんでもひとつお願い、聞いてくださいって言いましたよね?』


「あー……」


そういえば、そんなことも言っていた気がする。1回使われたのは……エアホッケーの分か。


俺の声に、思い出したことを確信したのか、蒼衣が続ける。


『というわけで、それを今使います。わたしのお願いは──』


そこで、蒼衣は少し区切って。


『……少し寂しいので、先輩の部屋、行ってもいいですか?』


なんて、甘えるような声で言う。


旅行中じゃない気もするが。


……まあ、いいだろう。そのくらいなら、聞いてやろうじゃないか。


「……今から行くから、ちょっと待ってろ」


『いえ、わたしが行きますよ?』


「夜に女の子が出歩くんじゃありません」


俺はそう言って、眠気に負けそうな体を無理矢理起こし、立ち上がる。


まったく、しょうがない彼女だ。


『もう、先輩は心配性ですねぇ。わたしのこと、好きすぎません?』


「……急に眠くなってきたな。やっぱり寝るか」


『じょ、冗談ですよ! 冗談!』


そんな蒼衣の声を聞きながら、俺は鍵と財布をポケットへと突っ込んで、玄関へと向かうのだった。


まだ、もう少しだけ、旅行気分は続く……のかもしれない。

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