第53話 帰るまでが旅行、だ

月の光と街灯が照らす夜道。じっとりとした空気感と、昼に比べるとずいぶんと涼しさを感じさせる風を受けながら、俺と蒼衣は並んで歩いていた。


ふんふんと鼻歌を歌いながら歩く蒼衣が、前を見たまま上機嫌に話をはじめる。


「夜のお散歩って、なんだかわくわくしますね?」


「わかる。非日常感あるよな」


「そうなんですよね。先輩、たまにこうして夜のお散歩しません?」


「えぇ……。出るのめんどくせぇ……」


「うわーお、相変わらずの引きこもりですね……」


「別に引きこもりじゃねえよ。外に出るのが面倒なだけだ」


「それ、引きこもりのはじまりなのでは?」


「そんなことはないだろ……多分」


別に、外に出るのが嫌というわけではないのだ。ただ面倒なだけである。服を着替えたり、髪を直したりと、外へ出るだけでも準備が多い。それが面倒なのだ。


「……ときどき思ってたんですけど、先輩ってその面倒くさがりなところさえ改善すれば、なんでも出来るんじゃないですか?」


「それが出来ればもうしてるんだよなあ」


「それもそうですよねぇ。まあ、先輩はそのままの先輩でいてください」


「ん? 治さなくていいのか?」


今の流れだと、間違いなく改善しろ、と言われると思ったのだが。


首を傾げる俺に、蒼衣は首を縦に振る。


「むしろ治さないでください。治されると、わたしが先輩のお世話が出来ないじゃないですか」


「それはそれでどうなんだ……」


後輩に世話を焼かれる先輩。字面は最悪である。紛れもない事実だが。……けど今の生活、悪くないんだよなあ。


そんなどうしようもないことに葛藤していると、蒼衣がぽつり、と呟く。


「もう旅行も終わりですね」


その声には、先ほどまでの楽しそうなものとは違い、名残惜しそうで、少しだけ寂しそうだ。


「だな。……どうだった?」


「楽しかったですよ、すっごく。だから、終わるのがちょっと残念です」


えへへ、と照れたように笑う蒼衣に、少し安心する。それだけ楽しんでくれたのなら、俺としては満足だ。そして、それだけ寂しいと思ってくれるのなら、ちょっとくらい延長させてもいいだろう。


「……それじゃあ、もう少しだけ、続けるか」


「え? 続ける、ですか?」


きょとん、とした蒼衣に見えるように、俺は前に見えるコンビニを指差して。


「ちょっとアイスでも買って、ゆっくり帰ろうぜ」


「──はい! どのアイスにします? 分けられるやつにしません?」


一瞬、ぽかん、とした蒼衣が、直後に表情を明るくさせる。そして、テンションは元通りだ。


「そういえば分けられるタイプ、最近食ってないな。久しぶりにそれにするか」


「先輩には取った蓋みたいなほうをあげますね?」


「あれそういう分け方じゃないんだが!?」


そんな、静かな夜に似つかわしくないような騒がしさで話をしながら、コンビニへと向かう。


まだ、旅行は終わりじゃない。


帰るまでが旅行、だ。


なんて、な。

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