第52話 返すまでが旅行です

「ほれ、着いたぞ」


「んぅ……」


俺が肩を揺さぶると、蒼衣はくしくしと目元を擦る。そして、眠そうな目から一転、ハッと目を見開く。


「も、もう家ですか!? せっかくの旅行の最後をほとんど寝てしまうなんて……!」


「まあ、帰りに寝るのも旅行の醍醐味だろ」


「そ、そうですけど……」


むぅ、と少し不満そうな蒼衣。まあ、最後まで騒ぎたい気持ちもわかるけどな。


「とにかく、ほれ。降りて荷物持て」


「は、はい……」


テンション低めの蒼衣が、助手席から降りて後部座席のドアを開き、自分の荷物を引きずり出す。そんなにショックだったのか。それなら、起こしてやればよかったかもしれない。……いや、あの寝顔を起こすのはちょっとなあ。


そう思っていると、ふと蒼衣が動きを止め、首を傾げる。


「……あれ? そういえば先輩、この車って、レンタカーでしたよね?」


「ん? ああ、そうだぞ」


「これ、今から返しに行くんですよね?」


「おう。借りてるの、今日までだからな」


そう言った瞬間、蒼衣の目がきらりと輝く。……あ、こいつ。


「なら、わたしも返すの、着いていきます!」


「……なんとなく、そう言う気はしてたんだよなあ」


俺の想定通りのことを言い出した蒼衣に、ため息を吐く。


「先輩、夜に女の子が出歩くのは良くないと思うぞ」


「大丈夫ですよ。ひとりならともかく、先輩と一緒なので」


「そういう話じゃないんだが……」


……まあ、蒼衣がこんなことを言い出したときは、俺の言うことを聞いたりはしない。無理矢理にでも着いてくるだろう。


「まったく……。とりあえず、荷物は部屋に置いて来い。さすがにそれ持って歩いて帰るのは嫌だろ?」


「たしかに、それは嫌ですね。これ、結構重いですし……。それに、お土産もありますからね」


ぐい、と持ち上げているのは、大量の紙袋だ。ちなみに、誰かへのお土産、というわけではなく、俺と蒼衣が楽しむだけのものである。それにしては買いすぎた気もするが、そこはまあ、旅行だからな。気にしてはいけない。


「よし、とりあえずそれ置いて再集合だ。俺も荷物置きに行ってくる」


「はーい。5分後くらいですかね?」


「だな。……いや、やっぱり先にお前の荷物を置きに行くか。俺のはそのあとだ」


俺は頷いたあと、首を横に振る。


「? なんでです?」


「その量、ひとりで持って上がるのはさすがに大変そうだな、と思ってな」


「いえ、軽いですし、別にそんなに大変では……ああ、なるほど」


一瞬首を傾げた蒼衣が、納得の表情に変わり、そこからさらににやにやと笑う。


「先輩ってば、相変わらず心配性ですねぇ」


「……なんの話だ」


「いえ、なんでもないですよー」


そう言って、上機嫌に笑って荷物を持つ蒼衣を視界に収めながら、俺は車のエンジンを切って。


……たった数分だったとしても、夜に蒼衣を外で待たせるなんて、出来るはずがないだろ。


そう思いながら、俺は運転席から外へ出るのだった。


……この思考が、心配性だって言われるんだろうなあ。とはいえ、すぐにやめられるものでもないし、考えものだ。


「わたしは先輩の心配性、好きですよ? 大事にされてる感じがするので」


「……2連続で思考を読むんじゃねえよ」

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