第51話 毎度のことだが締まらない
代わり映えをしない景色の中、高速道路を爆走中。かくん、かくん、と視界の端で蒼衣が揺れる。
「眠いなら寝ててもいいからな」
「いえ……。さすがに、先輩に運転してもらっているのに、わたしだけ、眠るわけには……」
眠そうに目を擦る蒼衣は、なんとしてでも起きようとしているらしい。この後輩は、相変わらず律儀である。最近はそうでもなかったせいで忘れがちだが、そもそも蒼衣の根っこは真面目なのだ。その真面目さが緩んでいったのは、間違いなく俺のせいだが。……蒼衣、俺の悪いところばかり影響を受けている気がするんだが……大丈夫か? 大丈夫じゃないな……。
先輩、今後の後輩が心配だなあ、と他人事のように思いながら、俺は口を開く。
「運転手の俺が寝てもいいって言ってるんだから、別にいいんだぞ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
どうやら、本当に眠かったらしい。蒼衣はそう呟いたあと、ゆっくりと目を閉じた。ちらり、と視線を向けると、その一瞬で眠ったらしく、可愛い寝顔が見える。
「……結構連れ回したからな」
疲れて眠ってしまうのも当然だろう。昼食に蕎麦を食べたあと、道中の気になったところすべてに寄り道をしたのだ。おかげですでに日は落ち切る寸前で、そこそこにいい時間になっている。
とはいえ、あと30分もすれば帰宅出来るところまでは帰って来ているのだが。
そう考えると同時、大きくあくびが出る。
あと30分だと思うと、少し気が抜けてきたらしい。ペーパードライバーの俺には、その少しの気の緩みがとてつもなく危険に思える。
……次のサービスエリアで休憩するか。
先ほど、次のサービスエリアの案内も出ていたので、そう遠くないのだろう。
数分ほどあくびを繰り返しつつ運転していると、サービスエリアへ誘導する標識が出る。それに従って、俺はハンドルを操作し、サービスエリアへと車を向かわせた。
左右に車のいない位置を探し、バックで駐車をする。
この2日間、この車を運転し続け、それなりに慣れてきたものの、やはり駐車は上手くいかない。駐車、難しすぎるんだよなあ。上手く出来る未来が見えねえ……。
何度かやり直し、なんとか白線の枠内へと収めた俺は、エンジンを切り、小さく息を吐く。ようやく、ひと息つける……。
蒼衣は……眠ったままだな。
穏やかに眠る顔は、安心しきっていて、まるで子どものようだ。改めて、年下の女の子なんだな、と思う。普段は俺よりもしっかりしているせいで、あまり実感がなかったりする。……いや、甘えてくるときは年下だな。全力で年下。というか後輩。
……さて、こんな幸せそうに眠る蒼衣を、長時間車内に放置しておくわけにもいかない。サクッと眠気覚ましのコーヒーでも買ってくるか。
なるべく音を立てないようにドアを開け、外へ出る。肌にまとわりつくような、湿度の高い空気に顔をしかめつつ、早めにドアを閉め、鍵をかける。
近くの自販機で缶コーヒーを買い、またも車へと戻る。フロントガラスを覗くと、変わらず眠る蒼衣が見えた。さっきよりも表情が少し険しい気がする。なんというか、幸せ感が減っている気がするのだが……。多分、気のせいだろう。
ぱき、と音を立ててプルタブを開け、感を煽る。冷たい感覚と共に、コーヒーの苦い香りと、缶コーヒーによくある甘ったるい味が同時に押し寄せる。
車に背を預け、夜空を見上げつつ、缶コーヒーを飲む。
……うむ、男なら一度は憧れるシチュエーションだ。背中にあるのは自分の車じゃないし、誰も見ていないが。オマケに見上げる空に星はほとんど見えない。周りが明るすぎるんだよなあ。……カッコつけても、締まらないあたりが俺らしい気もする。でも嫌だな……。
こんなことをしている俺を見たら、蒼衣はどんな反応をするのだろうか。
締まらない感じでも、カッコいいと言ってくれるだろうか。それとも、苦笑しながら締まらないですね、なんて言うだろうか。もしかすると、どちらもだったりするかもしれない。
そんなことを考えていると、つい蒼衣を起こして聞いてみたくなる。
実は起きていたりしないだろうか、と思い、窓を覗き込むが、変わらず蒼衣は眠ったまま。……さっきより険しい顔になってるな。もしかして、車内が暑くなってきたのか?
「そろそろ行くかぁ」
さすがに、灼熱の車内で蒼衣を待たせるわけにはいかないからな。……このシチュエーションがカッコよく見えるかどうかは、いつか自分の車を買ったときに蒼衣に聞いてみよう。どうせなら、完璧にカッコよく見せられる状態で見せたい。
缶を逆さにして、コーヒーを飲み干す。ちょうど、目も覚めてきた。
「この旅最後のドライブと行くか」
なんて、ちょっとカッコつけた台詞を言いながら、俺は車へと乗り込む。
夜道の高速道路を、彼女の寝息をBGMに走る。うむ、悪くない。
そう思い、エンジンをかけ──
「……ま、そうだよなあ」
当然の如く、エンジン音にかき消され、蒼衣の寝息は聞こえなくなる。
やっぱり、カッコつけても上手くいかないな、と苦笑しながら、俺はハンドルを握り直すのだった。
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