第48話 真実の蕎麦
「お、おぉー……!」
キラキラと目を輝かせる蒼衣の前には、ざるそばと天ぷらの盛り合わせが置かれている。俺の前には、それよりもさらに盛られたざるそばと、同じように天ぷらの盛り合わせがある。
「こうやって本当にざるに載せられてるの、はじめて見たな……」
「ですね。なんというか、もうすでに普段のお蕎麦より美味しそうです」
「わかる」
食べ物は見た目より味、なんて言う人もいるかもしれないが、やはり見た目は大切だ。特に、料理はそうだと思う。味重視の料理しか出来ない俺が言うのもどうかとは思うのだけれど。……俺のは味も良くはないな……。
なんて思っていると、蒼衣が待ちきれない、とばかりにぱん、と手を合わせる。
「では、いただきます」
そう呟いて、蒼衣は箸を手に取る。蕎麦を箸先でつまみ、薬味を放り込んだ蕎麦つゆへ、ちゃぽん、と小さく音を鳴らしながらしっかりとつけた。
そして、しっかりと浸したそれを、軽く上下させたあと、ちゅるん、とすする。
「ん! 先輩、これ、すごいです!」
何度か咀嚼したあと、目を輝かせる蒼衣がそう言って机へと乗り出した。
「わ、わたしたちが食べていたのはお蕎麦じゃなかったんです……!」
「そ、そんなにすごいのか……」
衝撃に身を任せる蒼衣に気圧されながら、遅れて俺も蕎麦を掴み、蕎麦つゆへと落とす。2、3度つゆの中を泳がせるようにしてから持ち上げ、一気にすする。
「ん!?」
つゆの味と香りのあとに、蕎麦の風味が口に広がる。
そう、蕎麦の風味だ。
これまでに食べてきた乾麺の蕎麦やインスタントとは違う。ただ独特なだけでなく、上品さを感じる香り。
なるほど、これは……。
「たしかに、これまで食ってたのは蕎麦じゃないな……」
そう言いながら、俺は盛られた蕎麦をまたひとつかみし、つゆへと放り込む。そして、一気にすすった。……この動作、そうめんでやりすぎて慣れすぎてるな……。
「マジで美味いな……。正直、蕎麦がこんなに美味いものだと思わなかった」
「ですね……。これ、家で作れませんかね?」
「お前、蕎麦から作ろうとしてるだろ……」
じとり、と視線を向けると、蒼衣がむふん、と笑う。
「でも、ちょっと面白そうじゃないですか? 麺を作るの、1回やってみたかったんですよね」
「まあ、面白そうなのはわかるけどな」
俺も麺類を愛する者として、気になるところではある。愛しているのは麺類、というかラーメンだが。
……急にラーメンが恋しくなってきたなあ。
そんなことを思っていると、ぴん、と蒼衣が指を立てる。
「お蕎麦は難易度高めな気がするので、最初はうどんからはじめてみましょうか」
「ん? マジでやるのか?」
「はい。せっかくですし、ふたりで作ってみません?」
そう言って、首を少し傾ける蒼衣。はらり、と前髪が揺れ落ちるのを見ながら、俺は、
「まあ、そのとき気分が乗れば、な」
とだけ言って、ぞぞぞ、と蕎麦をすすった。
「なら決まりですね。先輩、なんだかんだで付き合ってくれるでしょうし」
「……そういうこと言われると、意地でもやりたくなくなるんだよなあ」
「可愛い彼女のお願いですよ?」
「……それで揺らぐと思うなよ……」
そう返した俺に、蒼衣はなぜか満足そうに頷いていた。
「さすが先輩。揺らいでますね」
「……うるせえ」
思いっきり、蕎麦をすすった。
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