第14話 味だけなら、知れますし?
透明なガラスの向こう側に、所狭しと見たことのないラベルの缶が並んでいる。取手を握って扉を開くと、冷えた空気が肌を撫でる。
「冷蔵庫涼しいな……」
「子どもみたいなことしてないで、早く閉めてください」
「はい」
蒼衣にじとり、と見られながら、俺はひとつの缶を手に取り、扉を閉める。一気に周りの温度と湿度が上がったように感じて、一瞬顔をしかめた。
「それ、何味なんです?」
ぴょこ、と覗き込んでくる蒼衣に、俺は握った缶を見えるように動かす。
「完熟マンゴー」
「マンゴー……? このあたりとまったく関係なくないですか?」
首を傾げる蒼衣に、俺はうむ、と頷く。
「ないな。ちなみにこの冷蔵庫の中、まったく関係ない酒しか入ってないぞ」
「え? ……本当ですね。パイン、キウイ、みかん、りんご……」
端から読み上げていく蒼衣は、微妙な表情をしている。
「ご当地ですよー、みたいな顔してますけど、どれひとつとして関係ないじゃないですか。たしかに見たことはないですけど」
「だろ? まあ、気になるしちょっと買ってみようかなー、と思ってな」
そう言いながら、俺はまた冷蔵庫を開けて、りんごとパインの缶を1本ずつ手に取る。
明日はまた車を運転するわけだから、あまり飲みすぎるのはよくないが、これくらいならいいだろう。
「うーん……。気になるのはたしかにそうなんですよね。わたし、飲めませんけど」
「あと数ヶ月だろ? 買って帰って、寝かせておくか?」
「それもまあ、いいんですけど……。いえ、大丈夫です」
「そうか?」
せっかくなので、買って帰るくらいは別にいいと思うのだが。
そう思う俺に、蒼衣は微妙な表情で笑う。
「はい。味は気になりますけど、なんだか旅行先でその地域に関係ないものを買うのってもったいなくて……」
「ああー……」
なんとなくわかる。せっかく旅行に来てまでこれを買うのか……みたいなのがあるんだよな。さっきのラングドシャとかは、まさにそこに当てはまると思う。
そんなことを考えていると、蒼衣が並んだ缶チューハイを眺めながら、口を開く。
「それに──」
そして、唇に手を当て、にやりと笑って。
「味だけなら、知れますし?」
……こいつ、いつかのビールと同じことをしようとしてるな……。
どきり、と跳ねた心臓を落ち着かせながら、俺はひとつ息を吐く。
「酔っ払いにそんなことするんじゃありません」
歯止めが効かなくなるだろ、という意味を込めて、蒼衣をじとり、と見ると、またも蒼衣はにやり、として。
「なんでです?」
なんて、白々しく聞いてくる。こいつ、間違いなくわかってやってるな……。
「……さあな」
俺は、そうとだけ答えて、抱えた缶を買うべく、レジへと向かった。
……夜、大丈夫かなあ。
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