第4話 思われたいのはあなただけ
エアコンをつけてしばらく。車内の温度は急激に下がり、快適な温度になっていた。
高速道路は平日ということもあってか混んでおらず、車は快調に走っている。
ただ、困ったことがひとつ。
「……そろそろ、機嫌直してくれませんかね」
「むぅ」
ぷっくり頬を膨らませ、俺から顔を背けつつ、ちらちらと視線をやってくる蒼衣に、俺は思わずそうこぼす。
……いや、うん。この感じ、別に本当に機嫌が悪いわけではなく、甘えのひとつ、みたいな感じなのはわかっている。そうじゃなければ、何か期待するようにちらちらとこちらを見たりはしないだろう。
ちなみに、蒼衣がヘソを曲げてから5分も経っていない。
「いいですか、先輩。女の子っていうのは、準備に時間がかかるものなんです」
「おう」
まあ、それはよく知っている。俺なんて10分かからずくらいで準備が出来るが、蒼衣は少なくとも倍くらいはかかっているしな。なんなら、シャワーを浴びていても俺のほうが早く準備が終わることもあるくらいだ。
「それもこれも、何のためにしているか、わかってます?」
ふむ。まあ普通に考えると、こうだろうか。
「……世間体?」
俺が1番気にしないことを言うと蒼衣は手を胸の前で小さく交差させる。
「違いますよ。自分が可愛いと思われたいからです。さて、ここで次の問題です。わたしが可愛いと思われたいのは誰でしょう?」
「世の中の人」
「違いますー! 先輩わかっててやってますよね!?」
「いや、普通ってそうじゃないのか?」
ダサい、とか不細工だ、とか思われるよりは、そう思われたいものだと思うのだが……。
「ほかの人なんてどうでもいいんです! わたしが! 可愛いと! 思って欲しいのは! せ! ん! ぱ! い! だけですっ!」
「お、おう……」
眉を釣り上げ、頬を膨らませてそう言う蒼衣に気圧されながら、俺は頭をかく。
「……先輩はどうなんですか?」
「俺、か?」
「はい。先輩は、誰にカッコいいと思われたいんですか?」
「そうだな……」
さっきも考えたように、マイナスなイメージで捉えられるよりも、プラスのイメージ──カッコいいと思われたほうがいい、とは思う。
だが、思われたいか、と言われると──
「……まあ、蒼衣に思われていれば、それでいいかな、とは思うが……」
「……続きがありそうですね。どうぞ」
じとり、と視線を向けつつ続きを促す蒼衣。
「お前、俺のことカッコいいと思ってるか?」
そう、ここである。
俺は基本的に、蒼衣にだらしないところや、ダサいところばかり見せているような気がするのだ。少なくとも、カッコいい、と思われているようには思えないのだが。
「……そんなの、思っているに決まってるじゃないですか」
「……そ、そうか……」
それは少し、ほっとした。
顔を真っ赤にしながら、髪先を摘んでくりくりとしている蒼衣は、もう、と呟いて。
「……先輩、本当にわたしのご機嫌、取る気あります?」
「あるぞ。ただ、まあ、ちょっと確認しておきたくてな」
「そうですか。……先輩は、わたしのこと、可愛いと思ってます?」
「……さっきも言ったけど、思ってる」
「……そうですか。なら、機嫌も直してあげます。……でも、旅行中になんでもひとつ、わがままを聞いて欲しいです」
「えぇ……」
今の流れは普通に直してくれるところじゃないのか……。
そんな思いを込めて、一瞬だけ蒼衣に視線をやる。その瞳には、甘えるような色が宿っていた。
「くれないならもうしばらくは直してあげません」
しばらく、ということは、待てば直るのかもしれないが……。まあ、それくらいなら構わないか。
「わかったわかった。あんまり無茶なのはやめてくれよ」
「そんなのは言いませんよー。先輩がギリギリ拒否しそうなことをお願いするだけなので」
にやり、と笑う蒼衣。
「彼氏の嫌がることをするんじゃねえよ……」
「本当に嫌がることはしませんって」
本当ですよ? なんて言いながら、イタズラっぽく笑っている蒼衣に、俺はひとつため息を吐いて。
「……お前、その権利が欲しくて機嫌が悪いふりしてただろ」
「さあ、どうでしょう?」
まだ顔に赤みを残しながら、くすりと笑う蒼衣に、俺はしてやられた、と思いながら、口角を上げる。
……さて、何を無茶振りされるのやら。
今から、楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます