第3話 窓は開けてドライブするもの

「そういえば、これって初ドライブデートですよね」


赤信号で一時停止したときに、不意に蒼衣がそんなことを言った。


「そうなる、のか……?」


そもそも、ドライブのイメージが、どこか目的があって行くものというよりも、ただ走ることを楽しむイメージなので、今回のは違うような気がする。


「そうなりません? カップルが、車で、お出かけ。これはドライブデートだと思うんですよ!」


「お、おう……。まあ、蒼衣がそう言うなら、それでいいけどな」


テンションが高めで、ぐっ、と手を握りしめる蒼衣に、俺は気圧されながらもそう言う。


視界の端で信号が青に変わったのが見えて、俺は視線を前に戻しながら、ブレーキから足を離し、アクセルへと移動させる。踏み込むと、ぶぅん、と低い音とともに、少しずつ速度が上がっていく。それに合わせて、全開にされた窓からは、音を立てて風が吹き込んできた。


「わぁぁぁぁー髪が乱れますぅぅぅー」


ぺし、と両手で髪を押さえながら、蒼衣は楽しそうに声を上げる。わかる。窓からの風に吹かれると、車に乗っている感じがするよなあ。


「もう十分乱れてるから、諦めた方がいいぞ」


「んなっ!? そ、それは困ります!」


押さえていた手を離し、髪を直そうとしてまた風に乱される蒼衣は、視界の端に捉える程度でも見ていて面白い。


「だから諦めろって」


「むぅ……。せっかく先輩との旅行だから、と思って気合を入れて来たのに、風に乱されるなんて想像してませんでした」


ぷくり、と頬を膨らませる蒼衣。


気合を入れて来た、と言うのは本当だろう。髪はいつもよりさらりとしているように見えたし、服も見覚えのない、透け感のある水色のスカートに、白いTシャツ、と俺の好みにしっかりと刺さってくるものだ。


……そういえば言っていなかったな。


「……服、可愛いと思うぞ」


少し恥ずかしさを感じながら、俺はそう呟く。夏の暑さのせいか、さっきよりも、顔が熱い。


「ぁ……ありがとうございます」


膨らんでいた頬は元に戻って、かわりに赤く色づいている。何度か指先で髪を撫でたあと、蒼衣はよし、と小さく呟いて。


「先輩に褒めてもらいましたし、髪が乱れるのはもう諦めることにします」


そう言って、蒼衣は手を頭から離し、窓の外へと視線を向ける。


それでも結局、右手で髪を軽く押さえてはいるが。


風に舞う茶色がかった髪からは、ふわり、と甘い香りがしている。


高速道路へと続く道に入るために減速しながら、俺は口を開いた。


「……そろそろエアコンでもつけるか。高速道路で窓開けたままは厳しいしな」


そう言うと、蒼衣が固まる。そして、ぎぎぎ、とこちらを向いた。


「……え? この車、エアコンつけられるんですか?」


「当たり前だろ。今どきエアコンのない車なんかないぞ」


「なんで最初からつけなかったんですか!」


「窓が開いているほうが気持ちいいし、車に乗っている感があるからだ」


「そんな理由で……。いや、言いたいことはわかりますけど……。て、てっきりつけられないんだと思っていたのに……。髪、乱れ損じゃないですか……」


「エアコンの壊れているレンタカーなんかさすがに借りないんだよなあ」


「……むぅ」


ぷっくー、と盛大に頬を膨らませた蒼衣は、ぷい、と窓の方向を向いた。


……あ、これしばらく口利いてくれないかもしれないな。

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