第2話 免許証の持ち腐れ
ブレーキから足を離し、隣に位置するアクセルをゆっくりと、確実に踏み込む。比例して、唸るような駆動音が大きくなっていき、合わせて少しずつ、車が加速していく。
「この車、どうしたんですか?」
まだ驚きが抜けきらないらしい蒼衣は、車の中を見渡したり、俺の方を見たり、外へ視線をやったりと、キョロキョロとしている。
俺の車だ、なんて言いたいところだが、残念ながらそうではない。さすがに、大学生で車を買うことは出来ない。そんな金はないし、聞いた話によると、維持費がヤバいらしい。
では、俺が車を用意出来た理由はというと──
「レンタカーだ」
「へえー、レンタカーってはじめてです。……というか、車に乗るのがずいぶんと久しぶりな気がします」
「まあ、実家にでもいない限り、乗らないしなあ」
基本的に、下宿生は車に乗ることはない。というか、乗るための車がない。
まあ、今回みたいな特別な機会がない限り、必要性もなかったりする。俺たちの場合、スーパーは近くにあるし、駅は近い。電車に乗ってしまえば、簡単にショッピングモールに行けてしまうのだ。そして当然のことながら、大学は徒歩で行けるくらいには近い。
そんなわけで、ひとり暮らしの大学生に車の必要はなかったりするわけだ。おかげで免許は本人確認にしか使われなかったりする。諭吉数十人分の価値がある本人確認書類……もったいねえ……。
……まあ、その持ち腐れだった免許のおかげで、今こうして旅行へ車で行けているのだから、結果オーライというやつだ。……ここが1番金かかってるな……。
そして、この話の流れからわかることがひとつ。どうやら蒼衣も気づいたらしく、小さく首を傾げる。
「あれ? そういえば先輩って、ペーパードライバーですよね?」
「おう。お前も俺が運転しているのを見るの、はじめてだろ?」
「はじめてですね。……もしや、これはとても危険なのでは……?」
微妙な表情でこちらを見る蒼衣に、俺は視線は前を向けたまま、ぐっ、と左手の親指を立てる。
「大丈夫だ。実家に帰省したときに練習したからな。だから、大丈夫。……多分」
「今多分って言いましたよね!?」
「蒼衣。世の中に絶対はないんだ」
「それでも多分ってつけるのはやめましょうよ!?」
そんなツッコミを入れてはいるが、蒼衣の表情は別に深刻だったり、心配そうだったりするわけではなく、普段通りだ。
……まあ、乗っている側って、こんなことを言われても実際に事故なんて起こらないと思っているものだからな……。
それに、免許を取ってからは、免許を取る前とは視点がガラリと変わる。乗っている間も、ちらちらと周りを見てしまったりと、案外疲れてしまったりもする。
「そういえば、蒼衣は免許、まだ取ってないよな?」
「そうなんですよね。なんだか、必要性を感じなくて、取る気になれないんです」
「まあ、取るまではそう思うよなあ」
特に、下宿生なら尚更だ。取ったところで、車もないし。
「けど、取っておいた方がいいと思うぞ。あって困るものでもないしな」
むしろ、あるとお得なものだ。主に本人確認書類として。
「まあ、それもそうなんですけどねぇ……」
「全然乗り気じゃなさそうだな……」
「時間にお金がかかりますからね。あとは、先輩が持っているならいいかな、と」
さも当然、と、そう言った蒼衣に、俺はほんの少しだけ首を傾げる。
「その理論はよくわからねえ……」
そんな俺の言葉に、視界の端で、蒼衣はくすり、と笑って。
「そんな遠出するときは、いつも先輩と一緒っていう話ですよ」
なんて、いつもの調子で言った。思わず、どきり、とする。
まったく、いつもの調子でどきり、とさせてくれるのは構わないのだが。
「……運転中は、そういうこと言うのやめてくれ……」
「……控えておきます」
「……そうしてくれ」
さすがに俺も、そこまで余裕はないからな……。ペーパードライバーの悲しき運命である……。運転、次までにはもう少し慣れておくか……。
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