第37章 8月18日/8月19日
第1話 旅行のはじまりは驚きとともに
8月18日。今日は、なんてことのないただの平日。学生にとっては、夏休みのど真ん中。
そんな日に、わたし、雨空蒼衣は、大きめのリュックを背負ってマンションの自室を出る。
エレベーターで1階へと降り、自動ドアをくぐると、まだそれなりに早い朝なのに、太陽光と、すでに熱せられたアスファルトからの照り返しが、じりじりと肌を焼く。……日焼け止め、しておいてよかった。
適当な影へと移動して、ひと息吐く。
暑いなぁ、なんて思いながら、背中のリュックを背負い直す。その重さに、思わず口角が上がってしまう。
それも、当然だと思う。だって今日は、先輩と行く、初旅行の日なのだから──!
わたしは、この旅行を本当に楽しみにしていた。
早めにベッドに入ったのに、いつもより少し遅めに眠ることになったり、普段よりやけに早く目が覚めたり、遠足の前日も眠れる派で、朝も普段通りに起きていたわたしとしては、珍しい、なんてものじゃない。
……正直なところ、浮かれていると思う。むしろ、好きな人との旅行で浮かれないほうがおかしいとも思うけれど。
普段通りのふたりで、普段とは違う場所を歩いたり、美味しそうなものを食べたり、興味の惹かれたものを気ままに覗いたり、普段通りにゆっくりしたり。
そして──何より、温泉。
久しぶりの、大きな湯船──!
そろそろ、楽しみすぎて倒れてしまいそう。
……いや、倒れるのはダメ。ここから楽しいことだけが待っているのだから。
先輩、まだかなぁ。
ちらり、と先輩のアパート側を見てみるけれど、姿は見えない。
それにしても。どうして、集合場所がわたしのマンションの前なのだろう。
電車で行くのだろうし、ほんの少しの距離とはいえ、わざわざ先輩の家から逆方向のわたしのマンションに集合する理由はないと思うのだけれど。
先輩の過保護さが出たのかなあ、なんて思うと、また自然とにやけてしまいそうで、口元を引き締める。はじまる前からこれでは、旅行中大変なことになってしまうし。
むに、と自分の頬を両手で軽く摘んで、にやけを収める。……うん、大丈夫。
そう思って、顔を上げると、目の前にゆっくりと、シルバーの車が止まる。わたしは車の種類とか、そういうのはわからないけれど、普通の車だ。うん、普通。大きさも普通。こういう形、なんていう名前なのだろう。
でも、どうして、わざわざわたしの前に……?
このマンションの前、どこでも止まれるのに……。
首を傾げると、窓が低い音を鳴らしながら下がっていく。
最初に見えたのは、あまり頓着のなさそうな黒い髪。次に見えるのは、真っ黒なサングラス。そのレンズの向こうには、普段はぼぅ、っとした印象のする瞳が、今日はしっかりと開かれている。
下がりきった窓の向こう、運転席に座っていたのは──
「せ、先輩!?」
「おう。迎えに来たぞ」
サングラスをかけた、先輩だった。
似合ってるけど……なんでサングラス? なんで車?
混乱するわたしに。
「ほら、行くぞ。乗れ」
先輩はそう言って、にやり、と笑った。
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