エピローグ ゆるい日常が1番

「んん……」


一瞬開きかけた目蓋を、外の明るさに慌てて閉じ直す。


視界を閉じたことで、ほかの感覚が研ぎ澄まされたのか、鼻の先に甘い香りがする。


うっすらと目を開き、その香りの元を辿ると、茶色がかった髪を少し乱しながら、幸せそうに眠る蒼衣がいる。ほんの少し覗く肩が艶かしくて、視線を下へと逸らす。


薄いタオルケットには、ぼんやりとではあるが体のラインが浮き上がっていて、微妙に丸まって寝ているのがわかった。こういうところにも、小動物っぽさが出ている気がする。


乱れた髪を解かすように、指を通す。さらり、さらりと流れる髪の感触が心地いい。


ゆっくりと撫で続けながら、蒼衣の寝顔を見て、思う。


やっぱりこの日常が、1番良い。


改めて、そんなわかりきったことを噛み締めていると、もぞり、と隣の蒼衣が身動ぎする。


「んぅ……」


蒼衣は、ゆっくりと目蓋を開く。ぼんやりとした瞳が、こちらをはっきりと捉える。


「おはよう」


「おはようございます……。んぅ」


まだ少し眠いのか、蒼衣は俺の体に手を回し、また目蓋を閉じる。むにゅ、という感触がダイレクトに伝わって、うむ、これはまずい……。


「……なんでしょうね、この安心感」


目は閉じたままで、蒼衣がそう呟く。声は眠そうだが、はっきりと聞こえる。


「起きたら先輩がいるのが、こんなにホッとするなんて、不思議ですね」


「あー、まあ、なんとなくわかるな」


いつも一緒にいるからこそ、しばらく離れてから戻ると、とても安心感がある。何に安心しているのかは、まったくもってわからないけれど。


「日常が1番ってことなんですかね」


「かもな」


ゆるゆると、頭の働いていない状態で、適当な話を続ける。


しばらくして、ちらり、と時計を見ると、どうやら正午を回ったらしい。


「そろそろ起きるかぁ……」


「そうですねぇ……」


お互いに、起きる気のあまりなさそうな会話をしながら、もそもそとタオルケットの中で動く。……起きるの面倒だなあ。


「そういえば先輩、昨日メロン食べなかったじゃないですか」


「あ……。そういえばそうだな」


完全に忘れていた。あれだけ楽しみにしていたのに、人間とは適当なものである。


「なので……朝、というかもうお昼ですけど。こんな時間からメロンを食べて、ブルジョワ気分を味わいましょうか」


「……いいな。貰い物だけど」


「そこは気にしてはダメです」


そんな会話をしながら、俺と蒼衣は、ゆっくりと体を起こすのだった。


メロン? めちゃくちゃ美味かった。あと、美味そうに食べる蒼衣が可愛かった、とだけ。

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