第4話 雪城雄黄のとっておき

「これはとっておきだ」


「とっておき、ですか……?」


首を傾げる蒼衣に、俺は深く頷く。


間違いなく、これは見たら驚くはずだ。


そう思い、袋から出そうとした瞬間、蒼衣が手のひらをこちらへ突き出す。


「なら、待ってください。わたしもとっておきがあるので、それ以外を先に出してもいいですか?」


「ん? ああ、別にいいぞ」


「ありがとうございます」


これを早く見せられないのは残念だが……まあ、こういうのは最後に取っておいた方がいい。


「では……よしょ、と」


でん、と机に置かれたのは、緑色のふんわりとした球体。レタスだ。


ずらり、とこれまで並べられたものを見る。うーむ……。


「野菜ばっかりだな……」


「まあ、実家の余りを渡された感じなので……」


たしか、帰省前に冷蔵庫の中身は使い切ったはずだ。俺ではなく、蒼衣が、だが。


ということは、今日の夕飯には野菜しか出ない可能性がある。それは困るな……。


……かといって、買い物は行くの、面倒だしなあ。


帰りにスーパーに寄ってくるんだったか……。いや、でもあれを持ったままっていうのもなあ……。


なんて思いつつ、俺は蒼衣を見る。今考えていてもどうしようもない話だ。あとで蒼衣に聞いてみればいい。


「とっておき、俺は2つあるんだが、蒼衣は?」


「わたしはあと1つです。これは、まあ、なんとなく嫌な予感のするとっておきですね」


ふい、と目を逸らす蒼衣。……もしかして。


そう思わなくはないが、これも考えるのはやめておく。どうせ、すぐわかるのだ。


……それよりも。俺は、ひとつ目のこれを出したときの蒼衣の反応が気になる。


「じゃあ、まずは俺のとっておき、ひとつ目からだ」


先ほど離したそれを、袋の中でしっかりと掴みなおす。両手には、このサイズ感にしてはずっしりとした重みが伝わってくる。


それに、思わずにやり、としながら、俺はこう言って。


「これが、俺のとっておきだ──!」


どんっ、と低い音を立てて、テーブルへと置いた。


それは、薄い緑色の、網目模様の入った球体。そう、夏といえば、の代表のひとつ──


「め、メロンじゃないですか!」


「そう、メロンだ。しかも1玉」


あまりの驚きに、目を見開いてテーブルに乗り出した蒼衣に、俺は上がる口角を止められない。してやったり、である。


「こ、これ、本当に貰って来たんですか!?」


「おう。貰ってきた」


どやぁ、と全力で口角を上げる。


まあ、半分くらいは強奪な気もするが。どうしてもメロンを食べたかったので仕方がない。


べつに実家で食えばよかっただろ、と言われそうな話だが、それは野暮な質問だ。なぜかは言わないけれど。


「これはしっかり冷やして、今日のデザートにでもしましょうか!」


「そうだな。……なあ、蒼衣」


目をキラキラさせてそう言った蒼衣に、俺は待ったをかける。せっかくメロンが1玉もあるのだ。だったら、あれをやるしかない。


「なんですか?」


こてん、と首を傾げた彼女に、俺はまた、にやりと笑う。


「これ、ふたりで1玉食えるか、やってみないか?」


「……また大食いシリーズじゃないですか。でも、まあ──」


そんな俺に、微妙な表情をした蒼衣だが、直後に俺と同じように、にやりと笑って。


「メロンなら、いける気がしますね」


「だろ?」


「せっかく丸ごとあるんです! 贅沢にいきましょう! ちょっと工夫もしてみたいですね!」


テンションの上がる蒼衣に、思わず口角が緩む。この感じ、この会話のテンポ、この空気感。


本当に、心地が良い。


やっぱり、蒼衣といるのが1番だなあ。


そう思いながら、俺は口を開く。


「じゃあ、そろそろ最後のひとつ。もうひとつのとっておきだ」


「メロンのあとですからね。それなりのものじゃないと驚きませんよ?」


「大丈夫だ。驚きはすると思う」


「……驚きは、ですか。なんだか嫌な予感がするんですけれど」


その嫌な予感は、多分当たっているんだよなあ。


俺は、疑わしげな蒼衣を見ながら、ビニール袋の中身をテーブルへとひっくり返した。


ばさばさっ、と音を立てて出来たのは、白い山。その中に入っているのは、もちろん──


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「またそうめんの山じゃないですかー!」


この蒼衣の悲鳴も、久しぶりに感じるなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る