第5話 後輩のお説教

「……さて、言い訳を聞きましょうか」


じとり、と腕を組み、蒼衣はテーブルの向かい側に座っている。


「まず、これは実家にあったそうめんの、ごく一部だ」


「なるほど。それを押し付けられた、ということですね?」


「おう」


その通り、と深く、深く頷くと、蒼衣は2度首を縦に振ってから、にこり、と笑う。


「先輩は昨年の夏をもう忘れたんですか?」


……可愛い顔からの、圧がすごい。


「忘れてない。よく見ろ。昨年より明らかに量が少ない」


ぴっ、とそうめんの山を指差す。


そう、そうなのだ。押し付けられるのは断りきれなかったが、量はしっかりと減らしている。昨年は床に積み上がるほどだったのが、今年は机の上に積み上がるくらいなのだ。これは大きな進歩のはずだ。


そう思い、顔を上げると、真顔の蒼衣が目に入る。


「いいですか、先輩。この量、食べ切るのにどれだけかかったと思ってます?」


「……2週間くらい、か?」


「1ヶ月ですよ! 昨年より量が減っていても、これだけあれば1ヶ月はそうめん生活です!」


「マジか」


「マジです」


「……ま、まあ、昨年に比べれば少ないんだから、同じ時期までかかっても、毎日そうめん、なんてことはないだろ」


「……それはそうですけど。アレンジレシピを考えるの、結構大変なんですよ?」


わかってます? とばかりに半目で俺を見る蒼衣から、俺は目を逸らす。それは、うん、悪い。


「まったく……。何かのために、とレシピを残しておいたわたしを褒めて欲しいところです」


そう言って、蒼衣は腕を組む。


「レシピ、残ってるのか?」


「スマホのメモに、大雑把にですけどね。とりあえず、これくらいならまだなんとかなりそうです」


「おお、それはよかった」


さすが蒼衣だ。


毎日そうめん生活でも、味が違うのは重要だ。それは、身をもって理解している。あのレシピが残っているのなら、今年は食べ切るのは楽そうだ。むしろ、少し楽しみになってきたぞ……。


なんて思っていると、じぃ……と視線を感じる。


「……来年は、さらに量を減らしてくださいね」


「はい……」


……俺、そうめんが原因で怒られるの、2回目だな……。ちょっと納得いかないぞ……。


視界の真ん中のそうめんの山を睨みつける。もちろん、答えは沈黙だ。そうめんなのだから、当然である。


そんなことを考えていると、空気を変えるように蒼衣が、ぱん、と手を叩く。


「さて、先輩へのお説教も済んだということで、わたしのとっておきを出しましょうか」


「お説教ってお前な……」


後輩に説教される先輩。うむ……字面が悪すぎる。いや、俺たちには特別なことでもなく、ごく普通にあることなのだけれど。


それでも、なんとなく微妙な気分になっていると、蒼衣がビニール袋を手に持つ。


俺は、テーブルの真ん中にあるそうめんの山を端に寄せ、場所を作る。


「では先輩、いきますよ──」


さて、何が出てくるのか。


得意げに笑う蒼衣に、そんな期待をしながら、俺は、ひっくり返された袋から飛び出てくるものを凝視して。


「お前もそうめんじゃねえか──!」


思わず、叫ぶのだった。


「てへっ☆」


「てへっ☆ じゃねえ! お前もお説教だ!」

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