第3話 袋の中身はなんでしょう
一度荷物を置きに別れ、改めて部屋を出た俺は蒼衣の部屋へと上がっていた。
両手には、先ほどまでと変わらず、重たいビニール袋を握っている。俺は部屋に置いてくるつもりだったのだが、食材を把握しておきたい、という蒼衣の判断でここまで持って来た。めちゃくちゃに、重い。
冷房はかかっているが、まだ冷え切らない部屋の真ん中で、俺たちはひと息ついていた。
「外よりマシだな」
「外よりは、ですけどね」
揃ってぱたぱたと手で仰ぎながら、なんとか風を送る。仰いだところでほとんど風は来ないし、むしろ動いた分だけ暑くなっている気もするのだがやめられない。理論だけでは人は動けないのだ……。
少しずつエアコンから冷風が流れはじめ、室内温度が下がっていくのを肌で感じる。……うむ、やはり人類の叡智はすごいなあ。
急激に体温が落ち着いてきた感覚があって、少しずつ、眠気が出てこようか、というところで、くしゃり、と音を立て、蒼衣が手元のビニール袋を引っ張った。
「先輩、そろそろ何を持って帰って来たのか、確認してみませんか?」
「……その前に昼寝したいと思うんだが」
「魅力的な提案ですけど、その前に中身チェックです。早めに冷蔵庫に入れたほうがいいものもあるかもしれませんし」
……それはたしかに。
でも、寝たいんだよなあ。
そう思いつつ、俺も少し離れたところに置いてあるビニール袋に手を伸ばす。
「とりあえず、確認するか」
「はい。どっちからいきます?」
「じゃあ、俺から」
俺はそう言って、袋の中に手を突っ込む。……まずは、これとかにするか。
球体状のものを掴み、手を袋から引き抜く。そしてそのまま、どん、とテーブルの上に置く。続けて、同じものを3つ並べた。
「わ、トマトですか。わたしも貰ってきましたよ」
そう言って蒼衣は、袋からトマトを取り出し──
「……多いな」
「そうなんですよ。親戚に貰ったけど食べきれないから、って押しつけられました」
「昨年の俺と一緒じゃねえか」
……なんだか、嫌な予感がするのだが。
どうか気のせいであってくれ、と思いながら、また袋の中へと手を入れる。
「……で、次はこれだ」
次に俺がテーブルに置いたのは、缶の100%ジュースだ。累計10本。
「あ、これは嬉しいですね。気軽に飲めますし」
「そうなんだよな。お中元で届いたらしい」
小さめの缶を真上に投げてキャッチしていると、別の缶を蒼衣が机の上でくるくると回す。
「ジュース、お中元の中でも嬉しいもののひとつですよねー」
「わかる。これ美味いし夏にはありがたいんだよな。俺はお中元だとこれが1番好きなんだが、蒼衣は?」
「わたしですか、そうですね……」
ふむ、と頬に指を当て、少し考える。
「……油のセット、ですかね」
「完全に主婦の価値観なんだよなあ」
「あれ、本当にありがたいんですよ?」
「まあ、それはそうなんだとは思うんだが……」
なんというか、大学生であれを喜ぶのって珍しい気がする。……まあ、蒼衣らしいとは思うけれど。
「そんなわけで、わたしは油も貰ってきました」
そう言って、蒼衣がどん、と机の上に黄色っぽい液体の入った大きなボトルを載せる。
「……お前、よくこれ持って帰って来れたな」
結構な重さだぞ、これ……。
「本当に手がちぎれるかと思いましたよ……」
どうりで駅からの帰り道、何度か袋を置いて休憩していたわけだ。こんなもの、1本ならともかく、他のものと一緒に持つのは俺でもひと苦労する。
「ちなみに、わたしはこれで残り3つです」
「俺も3つだな」
ごそごそと袋の中を覗いて、残りを確認する。
「……次はこれだな」
そう呟いて、俺は棒状の野菜を5本取り出す。
「あ、わたしもありますよ、きゅうり」
蒼衣は、自分の袋から俺の倍ほどの量のきゅうりを取り出した。……マジか。
「……多いな」
「多いんですよね……」
「……まあ、きゅうりはそのまま食えるから、この量ならなんとかなるだろ」
「そういえば先輩、昨年食べてましたね」
「あー……食ってたな」
今年と同じように、実家から貰って帰って来たきゅうりを齧って生活していた覚えがある。たしか、あのあと帰って来た蒼衣に怒られたんだったか。
懐かしいな、と思っていると、蒼衣が呆れた表情で、俺を見ている。
「わたしが帰ったら、きゅうりとアイスしか食べていなかった覚えがあります」
「……そんなこともあったな」
ふい、と視線を逸らすと、小さなため息が聞こえた。
「……まあ、今年はそんなことはないから、セーフだな」
「それは当然です。何のために帰省のタイミングを一緒にしたと思ってるんですか」
……間違いなく、飯を食わない俺のためなんだよなあ。
「……さあ?」
そうとぼける俺に、蒼衣はじとり、とした視線で、口を開く。
「半分正解で、半分ハズレです」
「安易に思考を読むんじゃねえ……」
なんだかこれも久しぶりに言った気がするな……。
なんて思っていると、蒼衣が小さく息を吐く。
「わたしが帰省を合わせたのは、たしかに先輩の健康管理もあります。ありますけど──」
そして、ふわり、と笑って。
「わたしが先輩と、もっと一緒にいたかったから、ですよ」
「……そうか」
……数日ぶりに会ってすぐに、そんな可愛い顔をしないでほしい。
テーブルが間になければ、今頃蒼衣の頭を撫で回していたに違いない。
助かったような、少し残念なような、どちらともいえない気分になりながら、咳払いをひとつ。
「さて、次だが──」
俺は、ビニール袋に手を突っ込んで、とっておきのものを掴んだ。
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