第36章 8月15日

第1話 帰省終わりの偶然

みんみんじわじわとうるさい蝉の声を聞きながら、帰省していた実家の最寄り駅から電車に乗ったのが数時間前。俺以外に誰もいない車両の席、その足元には、昨年と同じようにビニール袋が置かれている。


……今年も、重いな……。


一応、中身は確認したのだが、少しの量しかそうめんは入っていなかった。山のようなそうめんを使い切るために苦しまなくて済みそうでなによりだ。


それでも重いのは、理解に苦しむが。


……まあ、親の心配もわからなくはないのだ。大学1回生の頃の俺は、本当に食生活が酷かった。インスタント食品か、コンビニ弁当。あとは学食のカレーくらいしか食べていた覚えはない。オマケに、1日1食になることもよくあった。


……今では、考えられないんだよなあ。


未だに朝食は食べないが、1日2食が基本で、インスタント食品やコンビニ弁当は久しく食べていない。学食のカレーはたまに食べているけれど。


そんな健康的な食生活になったのも、俺の後輩にして彼女──雨空蒼衣のおかげである。


そんな彼女とは、しばらく会っていない。……まあ、帰省していたのだから当然なのだけれど。それに、しばらく、といっても4日ほどの話で、毎日夜の暇つぶしに電話もしていたが。


4日がしばらくになるあたり、蒼衣と一緒にいすぎる気がするなあ、なんて思い、ひとりで苦笑しそうになるのを堪える。


早く、あいつの作ってくれたものが食べたいし、顔を合わせて話をしたい。膝枕をしながら髪も撫でたいし、ちょっとしたわがままなんかも言われて、甘えられたい。


……早く帰りたい。


そう思ったところで、電車の速度は変わらないし、今年は同じ期間で帰省している蒼衣が、すでに部屋に着いているのかもわからないのだが。


ちなみに、今年、蒼衣が俺と帰省のタイミングを合わせた理由はふたつあるらしい。ひとつは、ひとりでいても暇だから。そしてふたつ目は、俺が放っておいたら死にそうになるから、らしい。……蒼衣の中で、俺はペットか何かなのだろうか。


理由を聞いたときに、そう答えた俺に、蒼衣はじとり、とした目でこう言っていた。


「先輩、昨年、ご飯食べなくて死にかけていたじゃないですか」


……それはそうなんだよなあ。


納得してしまった俺は、結局何も言い返せなかったのだが、うーむ……。


なんだろうか、この納得したくない感じは……。


今思い出しても、なんとなく何かを言い返したくなる。何も言い返せはしないのだが。


……あれももう、1年も前の話なんだなあ。


そんなことを思っていると、電車が少しずつ減速し、アナウンスが流れる。どうやら、駅に着くらしい。スマホを叩き、あとどのくらいで大学の最寄駅に着くのか、と調べる。もうしばらくかかるようだ。


……にしても、この駅名、どこかで聞いたことがある気がするんだよなあ。多分、気のせいなのだけれど。まあ、何度か帰省のタイミングで通っているのだから、聞いたことがあるのは当然か。


そう考えているうちに、電車はホームへと入り、ゆっくりと止まる。少し体を揺られ、倒れかけたビニール袋を掴む。ドアが開くのに合わせて、ぽーん、と高い音がするのを聞いていると、視界の端に、白い服がふわり、と柔らかく動いたのが見えた。休日とはいえ、お盆の真ん中の日の真っ昼間に、何もない田舎の路線に乗ってくるなんて、珍しい人もいたものだ。なんとなく、視線をそちらに向けると──


「「あ」」


見覚えしかない美少女が、涼しげな白いシャツとベージュのロングスカートを身につけて、驚いた表情でこちらを見ていた。……両手に、不穏なビニール袋を持ちながら。

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