エピローグ 用意周到? な後輩

「……さて、と。そろそろ俺は帰るか」


そう呟いて、俺は立ち上がる。時刻はそろそろ日付が変わろうかという頃だ。


「……帰るんですか?」


少し名残惜しそうに、首を傾げる蒼衣に頷く。


「大学から直接来たから、色々部屋に置いたままだからな。さすがに今日は帰る」


「えぇー……」


ぷくぅ、と頬を膨らませて、蒼衣は不満をアピールしてくる。とはいっても、なあ……。


「せっかく夏休みの初日なんですよ? 一緒にいましょうよー……」


そう言って、地面に座りながら、くいくい、と俺の裾を引っ張る蒼衣。


「……着替えとか向こうにあるからな」


「それは心配ご無用です」


「え?」


裾から俺の手に持ち替えて、にやり、とする蒼衣は立ち上がり、クローゼットの前まで移動する。がらり、と音を立てて開けられた中には、見覚えのある服が綺麗に入れられていた。


……ほぼ見たことはあるが、こんなに種類があったのか。


そう思い、端から眺めていると、ぽすり、と胸のあたりに袋に入った何かが押し付けられる。


「……先輩、恥ずかしいので、あんまりじっくり見ないでください」


「お、おう。悪い」


普段着ている服なのだから、別に恥ずかしくはないと思うのだが……。


押し付けられたものを受け取り、蒼衣を見ると少し頬を赤くした蒼衣が、こくり、と頷く。


……開けていい、ということだろう。


手を突っ込むと、柔らかい布の感触。掴んで引っ張ると、グレーの薄手のシャツと長ズボンが出てくる。


「……なあ、蒼衣」


「はい」


「もしかして、これ、俺のか?」


蒼衣は、当然とばかりに頷く。


「はい。先輩用です。どうせ先輩、服を買いに行くの嫌がりますし、なんでもいいって言うのわかっているので買ってきました」


……まあ、それはその通りなのだが。


「先輩、これで帰る理由、無くなりましたよね?」


……まあ、それもその通りなのだが。


「先輩、お前の用意周到さが怖くなってきたぞ……」


「なんでですか!?」


ここまで外堀を埋められると、もはや怖いだろ……。


「……まあ、帰っても暑いだけだからな。今日は泊まる」


そう言うと、蒼衣はぱぁっ、と表情を明るくして。


「本当ですか!? じゃあ、今から何します?」


はしゃぎ出す蒼衣に、俺は苦笑しながら。


「……遊ぶものって、俺の部屋にほとんどなかったか?」


「……あ」


珍しく詰めの甘い蒼衣に、俺は小さく息を吐いた。用意周到という評価は、もう少し先延ばしかもしれない。


そう思いながら、俺はまた床に座って。


「それじゃあ、とりあえず適当にジュースでも飲みながら、話でもするか」


「……! はい!」


蒼衣とともに、夜を楽しむのだった。

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