第9話 片付けまでが焼肉です

空を染め上げていた太陽は沈み、部屋の中は蛍光灯によって照らされている。


そんな光の元で、俺は歯を食いしばっていた。


「この焦げ、しぶといな……」


台所でスポンジを片手に、プレートの焦げと格闘する男。それが今の俺だ。


夕陽が沈む頃、蒼衣となら面倒でも悪くないな、なんて思っていたが、その蒼衣は今、俺の隣にはいない。彼女は、部屋の方の後片付け中だ。


まあ、要するにひとりなわけで。


俺は、ただ無心で焦げを取るべく手を動かす機械になっていた。


……やめたい。


そう思い、手を止めた瞬間に、見計らったかのようなタイミングで声が聞こえた。


「はい、先輩。手を動かしてください。片付けまでが焼肉ですよ」


「遠足かよ……」


ぴょこ、と台所に顔を出した蒼衣は、ビニール袋にまとめたゴミを指定のゴミ袋へと放り込み、俺の隣へと立つ。


「あんまり強く擦るのもダメですよ。プレートが傷んじゃうので」


「えぇ……。どうしろと……」


「丁寧にしっかり洗ってください。そうじゃないと次使えなくなりますからね」


「……頑張ります」


……力を入れずに、この固まった焦げを取るのか……。いや、無理では?


首を傾げる俺に、蒼衣がくすり、と笑った。


「先輩、本当にこれ気に入ってますよね」


「まあな。あんまり使う機会はないけど」


「これ、用途が焼肉しかないですからね……」


実際、もう少し使えたらいいな、と思うことはあるのだが、元々が焼肉用プレートだから仕方ないとも思う。


「何かに使えないかなー、と思って、わたしも色々考えたんですけど、フライパンで十分なんですよね……」


「……それは言ったらダメなやつだろ」


焼肉だって、別にフライパンでも出来るのは出来る。そこをあえて、プレートを使うことが大切なのだ。


「洗うのも手間ですし、大きいですし、わざわざこれじゃなくても、ってなるんですよねー」


残念そうな顔をしながら、蒼衣はプレートを眺める。


「……蒼衣、もしかしてこれ嫌いか?」


「そんなことないですよ。ただ使い勝手が悪いとは思っています」


「……捨てないからな」


「そんなこと言ってませんよ!?」


「捨てるなよ」


「勝手に人のものを捨てたりしませんよ!? 先輩の中のわたしはどうなっているんですか!?」


「いや、一応言っておこうかと」


「言われなくても捨てないんですけど……」


「まあ、知ってるけどな」


「……むぅ」


からかう俺に、頬を膨らませ、不服そうな蒼衣。その頭を撫でようとして、手が汚れていることを思い出す。行き場を失った手を見て、蒼衣がとん、と肩を寄せてくる。


「……仕方ないので今はこれで許してあげます」


俺の肩へと頭を預けた蒼衣は、数回頭を擦り付けて。


「……先輩」


「ん?」


「服が焼肉臭いです」


「それは仕方ないんだよなあ……」


苦笑する蒼衣にそう返しながら、俺はスポンジを握り直した。

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