第21話 詰めが甘かったですね、先輩
遠くから聞こえてくる鳥の声に、ゆっくりと意識が浮上させられていく。目蓋の向こう側に明るさを感じて、薄く目を開いた。
なんの変哲もない、いつも通りの自分の部屋の天井。
けれど、ひとつだけ違うことがある。
わたしは、視線を右側に移動させる。そこには、ベッドに背中を預けながら眠る、愛しの先輩がいた。頭だけベッドに乗っていて、わたしから見える表情は無防備そのもの。……ちょっと眉間にシワが寄っているけれど。
そんな先輩の手は、わたしの手と繋がれている。
……わざわざ、一晩中握っていてくれたんだ。
そう思うと、嬉しくて頬が緩んでしまう。今の顔、先輩には見せられないなあ、なんて思いながら、絡んだ指で先輩の手を触っていく。
決して筋肉質だったりするわけではないけれど、明らかにわたしと違う、なんだか力強さを感じる手。それでいて、こんな手で優しく撫でられたり、握られたりするのだから、いつだってついどきり、としてしまう。
5分ほど先輩の手を堪能したわたしは、ゆっくりと自分の手を引き抜く。
本当はもっと触れていたいのだけれど、確認したいことがある。
……確認したら、戻ってくるし、握りなおすけれど。
こっそりと立ち上がり、キッチンへと音を立てないように向かう。先輩を起こさないように歩くのはお手の物だ。
ちらり、と覗き込むと、シンクにはお皿の1枚もなく、すべてが水切りに並べられている。
器が2つに、スプーンが2つ。ここまではいい。先輩もご飯は食べたって言っていたし。
けれど、こっち。お玉が2つに、お鍋が2つ。
これはおかしい。普通、おかゆを作るのにお鍋はふたついらない。
……やっぱり、1回失敗してる。
実は、お昼に先輩のシャツを借りてから、寝たフリをしていただけで、わたしは眠っていなかった。……というか、アレを借りてすぐに眠れるはずはないんだけれど、それはともかく。そのとき、やけに料理時間が長いな、とは思っていたのだ。
まあ、先輩のことだから、料理慣れしていなくて時間がかかっているんだろうと思っていたんだけれど。
昨日の夜、意識がふわりと浮き出した頃くらいに、お腹が空いたと呟いて、わたしの手を離してどこかに行ったところだけは覚えていた。
それで、目覚めて少し考えて、この結論に至ったのだ。
もしかして、先輩は1回失敗して、それをあとから食べたのではないか、と。
「もう……別に、作り直さなくてもよかったのに……」
そんな言葉を漏らしながらも、わたしはつい口角が上がってしまう。
わたしのためにご飯を作ってくれただけでなく、わざわざ失敗したのを作り直してくれるなんて。
そんな失敗は、きっと先輩はわたしに知られるつもりはなかったのだろうけれど。そこは詰めが甘かったですね、先輩。
そう思いながら、気分よくベッドへと戻る。昨日1日眠ったおかげか、体はとても軽い。もう風邪は治ったのかもしれない。
今にもスキップしたい気分を抑えて、先輩を起こさないように静かにベッドに潜り込み、投げ出されている先輩の手に指を絡め、目を閉じる。
……風邪を引くのも、たまにはいいかも。
先輩に言ったら怒られちゃうなあ、と思いながら、わたしはもう一度、眠りにつくのだった。
……何か忘れているような気がするけれど……まあ、今の幸せより優先されることなんてないし、いいよね。
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