第18話 先輩もわたしの思考が

「ごちそうさまでした。美味しかったです」


「おう。それはよかった」


ほぅ、と満足そうに息を吐いた蒼衣は、なんだか幸せそうだ。


「先輩が作ってくれたものを、先輩に食べさせてもらう……とっても贅沢です……」


「相変わらずチープな贅沢だな……」


「そんなことないですよ。先輩が料理をする時点ですでに珍しいので」


「……たしかに」


最近はもう、めっきり料理をしなくなった。今日のおかゆは本当に久しぶりだ。……というか、蒼衣が来ている時間がほとんどで、俺が自分で料理をする必要がないのだ。俺が作るより、蒼衣が作ったほうが美味いし。


「そんなわけで、これも贅沢なひとときなわけです。いっぱい甘やかしてもらいましたし、今日はいい日ですね。風邪もたまには悪くないです」


「俺的にはやめてほしいけどな。健康1番だ」


「それはそうですけど……。先輩に言われると納得いかないですね……」


「……まあ、うん、そうだろうな」


俺、不健康の代名詞みたいな生活しかしないからな……。


でも、面倒なんだよなあ、と思っていると、蒼衣が小さくあくびをする。


「……お腹いっぱいになったら、眠くなってきました。今日、なんだかすごく眠くなりますね……。普段の先輩くらい寝ている気がします」


「まあ、体が風邪を治そうとしてるんだろ。眠いときは寝るに限るぞ」


「普段から寝ている人が言うと説得力が違いますねぇ」


くすくすと笑う蒼衣に、俺は微妙な顔をする。


「その納得には納得がいかねえ……」


「でも事実ですし」


「それはそうなんだよなあ……」


だからこそ、納得はいかないが反論が出来ないのだ。かといって、早起きしたり、昼寝をやめたりするつもりは一切ない。睡眠は大切なのだ。


ふわぁ、とまたもあくびをしている蒼衣は、目尻の涙を指で拭うも、連続してあくびが出て、くしくしと目元をこする。


「……ものすごく眠いので、寝ることにします。……それでですね、先輩。今日最後のお願いがあるんですけど……」


普段より少し閉じ気味の瞳が、こちらを覗く。そこには、そのお願いを聞いてくれるに違いない、という圧倒的な信頼のようなものが乗っているように見えた。


……まあ、聞いてやるし、何を言おうとしているのかも、わかっているのだが。


「泊まっていって欲しい、か?」


「! 正解です。なんでわかったんです?」


「まあ、このタイミングだしな」


「なるほど……。それで、その、ダメ……ですか?」


上目遣いで首を傾げる蒼衣に、どきり、としつつ、俺は視線を逸らしながら答える。


「……別にいいぞ。というか、そう言われるだろうな、と思って着替えとか持って来たからな」


「え、そうなんですか? ……先輩も、わたしの思考が読めるようになってきたわけですね」


「まあ、そうなる、のか?」


どちらかと言えば、いつものパターン、という感じだったのだが……。いや、これが思考が読める、ということなのか。


「はい。先輩とわたしの以心伝心感がまた一歩深まったわけです。嬉しいですね!」


えへー、と笑う蒼衣に、俺も思わず笑う。完璧な以心伝心、お互いの理解には至らなくても、こうして近づいていれば、さらにふたりで過ごすのが気楽になっていくだろう。


……もっと、蒼衣のことを知っていきたい。きっと、まだまだ知らないことがたくさんあるに違いないのだ。


まあ、この先、蒼衣と一緒にいる時間も長い。俺も、そして蒼衣も、ずっと一緒にいるつもりなのだ。だから、焦らず、ゆっくり理解していければいい。


……そして、思考を読まれないようにはしたいところだ。別にやましいことはしないからいいのだが。


なんだか、真面目なことを考えてしまったな、と思い、軽く頭を振って。


「とりあえず、軽くシャワーだけ浴びるから、先に寝てていいぞ」


「それくらい待ってますよ。しっかり先輩に手を握ってもらわないといけないので」


そんなことを言う蒼衣に、俺は苦笑をする。


「……お前、寝てても握ってくるだろ」


「そうかもですけど、寝る前から握ってもらうほうが嬉しいので」


眉を下げながら笑う蒼衣。……ならまあ、仕方がない。


「……ちょっと待っててくれ」


「はい」


俺は、カバンから着替えを取り出し、そそくさと風呂場へ向かった。

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