俺と後輩の日常

第17話 人に作るのも悪くない

蒼衣に繋いだ手をにぎにぎと揉まれること1時間ほど。

唐突に、蒼衣がぽつり、とこぼした。

「先輩、お腹空きました……。何か食べるものってありました？」

「ん？　ゼリーとかプリンとかあるが……。あと、おかゆもある」

「おかゆ？　レトルトですか？」

「レトルト？　おかゆにレトルトなんてあるのか？」

予想外の言葉に、思わず首を傾げる。

「ありますよ。というか、最近ってレトルト食品のないものの方が少ないんじゃないですかね」

「マジか……。俺の努力はいったい……」

わざわざ微妙な出来のおかゆを準備するより手っ取り早く、かつ美味しいものがあったのか……。

がくり、と肩を落としていると、蒼衣がきゅ、と手を強く握る。

「やっぱり先輩、作ってくれたんですね。……食べたいです」

「……あんまり期待しないでくれよ？」

そう言いながら、俺は蒼衣の手を離し、キッチンへと向かう。

軽く温め直し、食べやすいくらいの温度で器へよそい、木製のスプーンと共にリビングへと戻る。……不安になってきたな。味、薄かったし。

そんな俺の不安はいざ知らず。蒼衣はすでに、机の前へと座り、なぜか目をきらめかせ、待っている。お子様ランチが来るのを待つ子供のようだ。

そんな蒼衣の前に、ことり、と丁寧に器を置く。

「ほい。……本当に、期待するなよ？」

「大丈夫ですよ。先輩の料理の腕は知ってますし、過剰な期待はしてませんから」

「お前の目、過剰な期待をしているときの目なんだよなあ」

そんな俺の言葉を聞きながら、蒼衣はスプーンを手に取り、持ち手を俺へと差し出してくる。おまけに、首を少し傾け、えへー、と笑っている。

……わかったわかった。

俺はそのスプーンを受け取り、おかゆを少なめにすくう。軽く息を吹きかけ冷まし、蒼衣の目の前に差し出した。

「ほれ」

「あーん」

……これも、結構手慣れてきたなあ。

そんなことを思いつつ、もぐもぐと咀嚼している蒼衣を見ていると、彼女がこくり、と飲み込んだ。

「先輩、あんまり見られると食べにくいんですけど……」

「ん、ああ、悪い」

「別にいいんですけどね」

「それで……味の方は？」

今度は、俺がごくり、と唾を飲み込む。作ったものに自信がないと、感想を聞くのは緊張する。……まずいって言われても、レシピが悪いんだけどな。

「美味しいです」

「薄くないか？」

「ちょうどいいですよ。濃いと食べるの疲れますし、これくらいがいいです」

そう言って、蒼衣は、あー、とまた口を開く。

その小さな口に、またおかゆを放り込みながら、内心ほっとする。

「──それに」

こくり、と飲み込んだ蒼衣が、ふわりと笑って。

「先輩がわたしのために作ってくれたのが、嬉しいです」

……なるほど。

「そうか。……今、お前が俺に飯を作ってくれる理由のひとつがわかった気がする」

「？　そうですか？」

「おう」

首を傾げつつも、疑問より空腹が勝ったのか、口を開く蒼衣にまたひと口差し出して。

人に飯を作るのも、たまには悪くないな、と思った。