第4話 低カロリー刺身
「お買い物して帰りましょう」
午後の講義を終え、帰宅途中、すでに半ばグロッキーな蒼衣が俺を見上げてそう言った。
「それはいいんだが……。本当に大丈夫か……?」
「大丈夫ですよ。空腹を通り越して今は無です、無」
そう言って、虚空を見つめる瞳には、光がない。
「それ、多分大丈夫じゃないぞ。俺もよくなるし」
「一気にダメな気がしてきました……」
「自分で言っておいてなんだが、理解されるのもどうなんだ……」
「だって、先輩が何も食べてなくて、食べるのも面倒だなーと思っているときって目に光が無いんですよ」
「なるほど。今の蒼衣みたいな感じか」
「わたしもうそんな感じなんですか?」
「おう。どこ見てるのかわからないぞ」
「……ご飯食べるのって、大事なんですね」
そんな話をしている間に、いつものスーパーへと辿り着く。自動ドアをくぐり、カートを用意する。流れるように蒼衣がカゴを乗せ、そのまま店内へ。
「で、今日は何を買うんだ?」
「夜ご飯を買おうかと思いまして」
「ほう」
……ということは、ここで買うものに俺の食事内容がかかっている、ということだ。
蒼衣のダイエットを手伝ってやりたいとは思うが、俺としてはそれなりにガッツリとしたものを食べたいところ。
まあ、この感じからすると、惣菜でも買って帰るのだろう。この状態の蒼衣が料理を出来るとも思わないし。
ちらり、と蒼衣を見るが、やはりだるそうにカゴへと野菜を放り込んでいる。
そのまま野菜コーナーを通り過ぎ、次は鮮魚コーナーへ。
魚ってヘルシーなイメージがあるが、実際はどうなんだろうか。
なんて思っていると、蒼衣が足を止め、くるりと俺の方を向く。
「今日はお刺身です」
「ん? 惣菜じゃないのか?」
「違いますよ? お惣菜はカロリーが高いものが多いので」
「そこなのか……。というか、刺身ってカロリー少ないのか?」
すん、と死んだ目になる蒼衣に気圧されつつ、俺は浮かんだ疑問をぶつける。先ほども思っていたが、魚のカロリーってどうなのだろうか。
「お魚の種類による、らしいです。脂の乗っているサーモンとかは高いみたいですね。お魚じゃないですけど、イカとかは低いらしいですよ」
「へえ、そうなのか」
まあ、イカってあんまりカロリー高い感じしないもんなあ。
なんて思っていると、ふと気づく。
……サーモンのカロリーが高い、ということは……?
「……蒼衣さん蒼衣さん」
「なんですか先輩さん」
「もしかして、なんだが。今日はサーモンなしだったりするのか?」
これは、サーモン好きの俺にとって、非常に重要な問題だ。刺身を食べるときにサーモンがあるのとないのとでは、気分の高まりが違う。というか、もはや刺身といえばサーモン、くらいの勢いはある。
ある、のだが。
「もちろん、なしです」
蒼衣は、真顔でそう言って、イカの刺身の入ったトレーをカゴへと入れていく。
「……蒼衣、サーモン」
「ないです」
「イカだけはちょっと……」
「仕方ないですね。タコも買いましょうか」
「タコ!? せめて魚にしてくれ……」
「お魚はカロリーがですね……」
「いやでも、さすがに魚の刺身がないのは厳しいと思うんだが……」
実際、カゴに入れられたトレーには、イカとタコしか載っていない。顎が疲れそうだな……。
なんて思いながら、なんとか魚を買うための算段を考えていると、スマホの画面を眺めながら蒼衣が口を開く。
「たしかに、少しくらいは欲しいところですね。……ふむ、マグロの赤身なら、そんなにカロリーも高くないみたいですし、少しだけ買っておきましょうか」
「! よ、よし、マグロだな」
俺は、目の前にあるマグロを手に取り、カゴへと入れる。なるべく大きいものを入れておいた。
よし、なんとか魚の刺身を勝ち取ったぞ。……いや、何もしていないが。
あとはサーモンを──とも思わなくはないが、今日は我慢しておくとしよう。さすがに、ダイエットをしているとわかっているのに目の前で高カロリーなものを食べるようなことはしない。
……昼食のチキンカツは、蒼衣がダイエットをしていることを知らなかったのでノーカウントだ。
レジを目指し、惣菜コーナーを抜けていく蒼衣の後ろを、俺もダイエット、しようかなあ、なんて考えながらカートを押してついていく。
……蒼衣、今揚げ物の惣菜を見て、一瞬だけ足を止めたな。俺は見逃していないからな。
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