俺と後輩の日常

第3話 蒼衣vsチキンカツ

「──というわけなのです」

「……それで、サラダだけ、と」

「そういうことです」

昨夜の出来事を語り終えた蒼衣は、こくり、と頷いて、もしゃもしゃりとサラダを食べる。

「……お前、もう完全に草食の小動物だな……」

「わたしだって好きでそうなっているわけじゃないですよ」

もこもこと食べる様は、完全に小動物のそれで、結構可愛い。ドレッシングすらないので顔をしかめているが。美味しくないならドレッシングくらいかければいいのに。

「ちなみに、朝は？」

「トマトを半分食べてきました」

「そこも削ってるのか。……うーん」

蒼衣は、朝食はしっかり食べるタイプだ。そんな彼女が、朝食を削り、昼食を削る。

……うん。ダメだな。嫌な予感しかしない。

「ダイエットはいいけど、ちゃんと食っとけ」

そう言って、俺はサラダの器にチキンカツを2切れ載せた。

「まさか、先輩にそんなことを言われるなんて……」

「いや、俺もまさかこんなこと言うときが来るとは思わなかった」

小さな口を開け、衝撃を受ける蒼衣。俺もこんな言葉がさらりと自分の口から出たことに驚いている。間違いなく、蒼衣の影響だろうなあ。

……とはいえ、これで多少はマシな昼食になるだろう。揚げ物としてのカロリーはともかく、肉だけ食えば痩せるらしいし問題もない。何より、肉を食えば元気になる、というものだ。肉は偉大なり。

「というか先輩！？　カロリーの塊をわたしの前に置くなんて、悪魔ですか！？」

「誰が悪魔だ。前に何かで見たけど、肉だけ食ってたら痩せるらしいぞ。だから肉はセーフ、食っとけ」

「お肉はセーフでも衣はアウトですよ！」

「……衣だけ剥がして食うのはどうかと思うぞ」

「しませんよそんなこと！　わたしもどうかと思います！」

最近では、寿司のネタだけを食べたり、とんかつなどの揚げ物の衣だけを剥いで食べる人もいるらしい。俺としては、そこまでするなら刺身なり、焼肉なり、別のものを食べればいいのに、と思う。

こういう価値観が共通しているかどうかは、とても大切なところだ。蒼衣と同意見でよかった。……まあ、蒼衣は料理するからそういう発想は多分ないのだろう、なんて考えているうちに、正面の可愛い顔が歪みに歪む。先ほどのサラダを食べていたときなんて比じゃないくらいに、だ。

「2切れくらい大丈夫だと思うぞ」

「だ、ダメです……。この気の緩みがわたしの体重増加を引き起こすんです……」

ぐぬぬ……と未練の塊のような視線を向けながら、蒼衣はチキンカツを箸でつまみ、俺の皿へと戻してくる。

「わたしは誘惑には負けません……負けませんよ……うぅ、お肉の匂いがします……」

うわごとのように呟きながら、少しサラダを口に運んだ蒼衣は、チキンカツの香りに涙目になりながらもこもこと口を動かしている。そんなに食べたいなら食えばいいのに……。

まあ、結構頑固な気質の蒼衣は、こうなってしまっては食べることはないのだろう。大人しく、返されたチキンカツを口へと運ぶ。

……うん、冷めてるな。

なんともいえない悲しさを感じつつ、2切れ目も口へと運び咀嚼しながら、眉間に皺を寄せながらサラダを食べている蒼衣を見て、ふと思う。

今日の夕飯、どうなるんだ……？