第32章 7月6日

第1話 ある日ある昼の蒼衣の異変

ある平日の、普通のお昼。


俺と蒼衣は、大学の食堂で昼食をとろうとしている、のだが。


「……」


「……」


「……」


じとー……と。


正面に座る蒼衣が、俺を──というか、正確には俺の前にある昼食──チキンカツ定食を睨みつけるように見続けていた。


「なあ、蒼衣。あんまり見られると食べづらいんだが……」


箸を持ち、思わずそうこぼす俺を一瞥もせず、蒼衣はチキンカツを親の仇のように睨みつけている。


「……気にしないでください。先輩はどうぞお昼ご飯を楽しんでください」


とは言うものの、表情はものすごく険しい。言っていることを信じていいのか怪しいレベルである。というかもはや怖い。蒼衣はチキンカツが嫌いだったのだろうか?


……と、まあ、そうふざけるのはともかくとして。


「……マジでどうしたんだ? 食費足りないなら奢るけど……」


そう言いながら、蒼衣の前のトレーを見る。小皿のサラダがひとつ。どうやら、ドレッシングはかかっていないらしい。ドレッシングは無料だったと思うのだが。


「いえ、お金はまだ大丈夫です。ただ、大丈夫じゃないどころか、大問題なことが発生しまして」


「大問題……?」


渋い顔で、深刻そうに言う蒼衣。金以外に、飯を食えない大問題、と言われても、頭に浮かんでこないが……。


俺が首を捻っていると、蒼衣は小さく息を吸って、吐く。そして、心を決めたように、目を開いた。どこか遠い目をしながら、口を開いて。


「これは、昨日の夜のことでした──」


そうして、蒼衣はここへ至る経緯を語りはじめるのだった。


……このパターン、そんなに深刻な話じゃなさそうだし、冷めるからチキンカツ食ったらダメかなあ。

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