第26話 眠りの前に聞こえる声は
「……胸焼けやべえ……」
激しい攻防の末、大量のホイップクリームを食わされた俺は、無惨にもベッドに倒れ込んでいた。
やはり、俺も歳を取ったのだなあ、と実感する。昔なら、満腹で食えなくなる方が早かったのだが、今はもう、胸焼けである。超気持ち悪い。
「もう、だらしないですねえ」
はあ、とため息をひとつ吐いて、蒼衣は紅茶を飲んだ。
「ほとんど俺の口に突っ込んだくせによく言えたな……」
「突っ込んだとは人聞き悪いですね。最後に自発的に食べたのは先輩じゃないですか」
「いや、あの脅し方はどうかと思うぞ……」
思い出すだけでも卑怯極まりない脅し方だ。
「いやいや、あの脅しが効く方がどうかと思いますよ」
「普通効くだろ、明日の飯抜きは」
「普通は毎日彼女が作ったりはしないと思いますけど!?」
「……たしかに」
よく考えてみれば、たしかにおかしい。いつの間にか俺の普通が塗り替えられている……。蒼衣、恐ろしい子。
しかし、いかにおかしくて、蒼衣が恐ろしいやつだったとしても、食を握られている以上、俺に勝ち目はなかったのである。
「悲しい話だなあ……」
「先輩は一生、わたしにご飯で敗北し続けるんですねえ」
「なにそれものすごい嫌なんだが……」
将来、尻に敷かれるイメージがはっきりと浮かんできて、思わず乾いた笑いが出る。
「まあ、さすがにそんなことはたまにしかしないと思うので、安心してもらって大丈夫ですよ」
「思いっきり今それで苦しんでるから安心出来ないんだが……」
会話している間にも、微妙な気持ち悪さがずっとあり、なんとも言えない感覚だ。もういっそ寝てやろうか……。
そう思った途端、急激な眠気に襲われた。
満腹感と、気持ち悪さと、そして仮眠を取ったとはいえ徹夜明け。眠気の自覚をした瞬間、がくん、と殴られたように落ちて行く感覚。
その感覚に抗うのも面倒で、俺は枕に顔を埋める。蒼衣の「先輩、寝ようとしてます?」という言葉に、そのまま顔を縦に動かす。うむ、枕の圧迫感が気持ちいい。
「お風呂入らなくていいんですかー?」
「……起きたら入る……」
「わーお、これ明日の朝に入るパターンですね」
「……まさか、そんなわけないだろ……。絶対夜中に起きるぞ……もしくは昼……」
「頑なに朝に起きないのはなんなんですか!?」
「……さぁ……?」
……あ、やばい。もう何言ってるのかもわからなくなってきた。蒼衣が何か言っているが、それも意味を持つ言葉としては頭に入ってこない。ただ、心地の良い可愛い声が聞こえるだけだ。
その声に意識を揺らされながら、少しずつ遠のいていく。
「……そうでした。言っておかないと」
ぽすん、という音と、ほんの少し揺れる感覚。それすらも、もはや眠りを加速させる。
「先輩のいいところは、面倒見のいいところですよ」
最後に聞いた言葉は、何か意味を持っている気がして、俺にとっても重要な気がしつつも、俺は意識を手放した。
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