第25話 似通った思考だからこそ

メープルシロップ。


琥珀色の、見た目に反してさらりとした液体。その味は、決してくどくなく、しかし、しっかりと甘い。


俺が思う、ホットケーキに最も合うものだ。


そんな魅惑のシロップを、俺はたっぷりとかけていく。ホットケーキから、皿へと落ちていくほどにかけ、ボトルの位置を元に戻す。そして、最後に仕上げとばかりにバターをひとかけら上から落とす。


まさに、写真で見るホットケーキの完成である。


うむ、いい出来。


俺は、完璧なホットケーキの載った皿を蒼衣へと差し出した。


「ほい、完成」


「おお……。写真で見るホットケーキみたいですね……」


目を輝かせる──というより、驚きの強そうな蒼衣に、思わず得意げな気分になる。


なる、のだが。


「先輩って、ピンポイントでオシャレなこと知ってたり、というか出来たりしますよね。普段はそんな素振りすらないですけど」


「それ、先輩に向かって言う言葉じゃないと思うんだが……」


「先輩後輩関係なく、年中似たような格好しかしてない、オシャレとは程遠い人は言われると思いますけど……。それに、わたしはただの後輩ではないので」


むん、と胸を張る蒼衣。毎度ながら、そこで自慢げな理由がよくわからないのだが……まあいい。


「今の後輩にあるまじき発言はスルーしてやるから、まずは食ってみてくれ」


そう言いながら、俺は自分のホットケーキにたっぷりとメープルシロップをかける。濃厚な甘い香りに思わず唾液を飲み込みながら、バターを落とし、完成させる。


うむ、こっちもいい出来である。……シロップかけてバター落としただけではあるが。


ホットケーキを切り分けつつ、正面を見ると、蒼衣がぱくり、とホットケーキひとかけらを放り込んだ。


「どうだ? やっぱりメープルシロップが1番合うだろ?」


そう言って、俺もひと口食べる。このちょうどいい甘さ、完璧だ。やっぱりメープルシロップが1番である。


うんうん頷きながら、もうひと口。ホットケーキといえば、やはりこれに限る。


「うーん……わたしはやっぱりハチミツ派ですね。美味しいですけど、甘さが足りない気がします」


「そうか? これくらいの適度な甘さがちょうどいいと思うんだが……」


確認も兼ねて、もうひと口食べてみるが、やはり絶妙な甘さだ。これ以外には考えられない。


「やっぱりわたしはハチミツの方が好きですね。……というか、わたしと先輩でここまではっきり好みが分かれるのって珍しいですね」


「言われてみればそうだな。微妙に被ってたり、同じだったりすることの方が多い気がする」


思い返してみても、料理の話をすると、ほとんどが同意で返していたはずだ。多少の違いはあれど、俺と蒼衣の味の好みは似通っているらしい。……もしかすると、そうなっていったのかもしれないけれど。


「でも、価値観とか好みとか、そういうのが近いっていいことですよね。そういうすれ違いから仲違い、なんてこともあるらしいですし」


「へえ、そうなのか」


まあ、考えてみれば当たり前の話だ。価値観をはじめとした思考が違う人間とは上手くいかないのは当然だろう。まったく違う価値観だからこそ、なんていう人もいるのかもしれないが、少なくとも俺には無理な話だ。


なるべく似たような価値観で、緩く、楽しくやっていきたい。


とはいえ。


「……まあ、ホットケーキにハチミツかけるかメープルシロップかけるか、っていうので別れる、なんてことは絶対ないな、うん」


「わたしもそんなことで別れるとか絶対嫌ですからね。……それで、なんですけど」


こほん、とひとつ咳払いをして、蒼衣が左を──俺から見て、右側を指差す。


「そんな価値観が似通ったわたしたちは、きっと考えることも似ていると思うんです」


「……おう、そうだな」


指差したそれと、その言葉で蒼衣の言いたいことすべてを察する。


蒼衣は、フォークとナイフでそれを切り分け、俺へと差し出した。


「……先輩、あーんです」


フォークの先には、ホットケーキが見えなくなるほどに載せられたホイップクリームの塊がついている。


「……お前、俺だけに食わせようとしてる? してるよな?」


「先輩が載せたので先輩が食べるべきだと思うんですよ」


「毒味させたお前が悪いんだよなあ……」


「……」


「……」


しばし沈黙。そして、それを破ったのはほぼ同時。


「はい、先輩、あーんですよあーん!」


「いやいや俺がしてやろうほれ、あーん」


絶対に全部なんて食えない。というか、半分も厳しい。その気持ちから、俺と蒼衣の、醜い戦いがはじまった──!

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