第17話 ホットケーキ+

「うーん……。結構余りましたね」


「だな……」


俺と蒼衣は、台所に放置されたホットケーキの山を見て、揃って苦笑する。


「さすがにハチミツだけでは飽きちゃいますし……。何かアレンジ出来るものがあればいいんですけど……」


しゃがんで冷蔵庫を覗きながら、むむむと唸る蒼衣だが、どうやらそんなものはなかったらしい。


「残念ながら、なさそうですね。わたしの部屋にも特にはなかったはずですし……」


ジャムなんかがあればよかったのだろうが、俺は朝食を食べないので常備していない。たしか、蒼衣は基本的にトーストにはバターだけを付け、スープやハムと一緒に食べていたはずなので、ジャムは常備していないのだろう。


そこで、ふと、最近テレビで見たものを思い出す。


「そういえば、ホットケーキをパン代わりにして食べる、みたいなのなかったか?」


「あー、ありますね。ホットケーキが少し甘いので美味しい、みたいなのは見た気がします。……でも、あれは薄く焼いてませんでした?」


「そういえばそうか……」


残念ながら、何枚か重なるホットケーキは分厚くふわふわだ。……いや、もう冷めてきているからふわふわ感はないだろうが。


「にしても、家でもこんなにふわふわに出来るものなんだな。何か入れたのか?」


そう言って、俺は積み重なったホットケーキを指で突く。昔、実家で食べたものはこんなにふわふわしていなかった。どちらかといえば、ぺったんこだったイメージがある。


「いえいえ、何も入れてませんよ。最近のホットケーキミックスは優秀で、ふわふわに出来るんです。多分ですけど、ベーキングパウダーが多く入ってるんだと思います」


「ベーキングパウダー?」


「簡単に言うと、膨らませるためのものですね。炭酸水素ナトリウムとか、そういうのが混ざったものらしいです。昔、理科で習いませんでした?」


「へえ……。覚えてないな。聞き覚えはあるけど」


「まあ、わたしもうっすらとしか覚えていませんからね。……受験のときはあんなに勉強したはずなんですけどねえ」


「一瞬で忘れるよな……」


「不思議なものですね……」


あれほど詰め込んだのに、抜けていくのは一瞬、という理不尽。知識というのは、使わないとどんどん忘れていくのである。……いや、うん、実際に使う知識って、ごく一部だから忘れていくのも当然なのだが。覚えた文豪の名前とか使ったことないしな……。受験本番にすら出てこなかったし……。


なんて考えていると、蒼衣が話を引き戻す。


「じゃなくて、ですね。このホットケーキをどう食べるか、です」


「そうだったな」


とはいえ、だ。冷蔵庫にあるものでは、微妙に合わないというか、どうしようもない。


となれば、やることはひとつだろう。


「買い物行くか」


「ですねー」


今日、外に出るつもりはなかったんだが……まあいい。


ちょうどいいので、メープルシロップも買って、蒼衣にその良さを教えるとしよう。


「とりあえず、俺が着替えたら行くか」


「あ、待ってください。わたしもちょっと準備します」


そう言って、蒼衣は洗面所へと駆け込んでいく。……はて。いつも、この部屋に来るために外出の格好で来ているはずだが……。


「化粧直しか……?」


そう、小声で呟く。すると、どうやら聞こえていたらしく、蒼衣が洗面所から顔を出す。


「違いますよ。誰かさんが頭を撫で回したので、髪を直すんですー!」


「お、おう。それはすまん……」


次からは、なるべくやらないようにしよう……。


「……別に、やらないで欲しいとは言ってません」


「久しぶりに心を読んだな……」

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